From Project Leaderごあいさつ

伊藤 進一 教授
東京大学大気海洋研究所
教授 伊藤 進一 / Prof. ITO Shin-ichi
「科学に基づいた情報をもとに将来きれいな海を取り戻すために」

海洋は、地球の約71%の表面積を覆い、人類に様々な恩恵(海洋生態系サービス)を提供しています。その恩恵は、食料だけなく、水、有機物の分解、温和な気候、そして文化や心の豊かさなど多岐にわたります。一方で、時間スケールこそ70年余りと短いが、安定した物質であるプラスチックからも人類は多くの恩恵を受けてきました。どちらも人類にとって重要なものですが、プラスチックは安定であるという性質のために、海洋で分解しきれず、海表面を漂流したり、海岸に漂着したりしている間に、劣化と破砕を重ねながら、マイクロプラスチックと呼ばれる微細片となり、海洋生態系に悪影響を与えることが危惧されています。海洋プラスチックごみ問題は、国際的にも認識され、2019年のG20サミットでは「大阪ブルーオーシャンビジョン」を共有し、2050年までに海洋プラスチックの追加的汚染をゼロにすることとしました。この海洋におけるプラスチックごみに関する課題は1970年代には、科学的な見地から指摘されていたものですが、近年の研究の進展により、国際的な注目度が増しています。

特に、海洋に漂っているマイクロプラスチックの量が海洋に流入しているプラスチックから推定される量よりも少ないというミッシング・プラスチックの問題に象徴されるように、微細になったマイクロプラスチックの挙動に関しては不明な部分が多く残されており、どのような形で海洋生態系そして生体へ影響を与えているのか理解が進んでいません。海洋プラスチックごみの効果的な対策を講じるためには、海洋におけるマイクロプラスチックの挙動の実態を解明し、海洋生態系そして生体への影響評価を現在人類が持ちうる最善の科学的知識に基づき行う必要があります。東京大学でも、道田豊氏をプロジェクトリーダーとし、2019年度から日本財団との協力により、いくつかの大学や研究機関等の参加も得て3年計画で関係の研究を開始し、2022年度からさらに3年間第2フェーズの研究を進めてきました。2024年度から、道田豊氏の後任を務めることになりましたが、引き続き本研究プロジェクトでは、特に実態がよくわかっていない1mm以下の小さなプラスチックに焦点を当て、その分布や輸送の実態解明、生体および生態系への影響評価を目指します。これら自然科学的課題に加え、プラスチックごみの全体量を削減するための方策やそれを担う自治体との連携などを視野に入れた社会科学的課題についても検討を進めることとしています。

これまで自然界には存在せず、新たに人類によって自然界に大量に放出されたプラスチックという物質の海洋での挙動は、未知であり、かつきわめて複雑ですが、学際的な研究を強力に進めることにより、できる限り確かな科学に基づく情報を社会に提供することを目指します。困難な課題であることは間違いありませんが、国内外の研究者と協力し、また多くの方々と意見や情報の交換を行い、協力することで、未来のきれいな海を実現するため、この課題に取り組んでいきたいと思います。