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2020.07.16

海洋プラスチック研究最前線: 1. "消えた"プラスチックを探せ

現代社会が生んだ海洋プラスチック汚染

20200714_Fig1_caption.png プラスチックは、ペットボトルやレジ袋などの日用品から、自動車や航空機、医療機器・用品にも広く使われている。さまざまな形状に加工でき、耐久性がある。しかも安価だ。これだけ便利なものが利用されないわけがない。経済性も、効率性もある。身の回りを見るだけでも、プラスチックがいかに生活に浸透しているかがわかる。歯ブラシ、歯磨きチューブ、シリアルやヨーグルトの容器、ミネラルウォーターのボトル... これだけ多いと日常生活を普通に送るだけで、プラスチックごみは溜まっていく。たとえば、筆者の家庭は2人だが、ペットボトルを除く食品の包装などのプラスチックごみは1週間で30 Lのごみ袋がいっぱいになる。
 プラスチックは、その恩恵が絶大であり、先進国のみならず発展途上国でも急増している。そのうえプラスチックの廃棄物管理が不十分な国も多いため、陸地から河川を通して多くのプラスチックごみが海に流れ出ている。プラスチックは、耐久性があり、また自然界でほとんど分解しない。だから海にあるプラスチックは半永久的になくならない。また、形状や性質を整えるために数多くの化学物質が含まれ、石油由来で「油」の性質もあるため、添加された化学物質を湧出させたり、海中にある親油性の有害化学物質を吸着させたりもする。
 一度ごみになってしまうとやっかいなプラスチックだが、どのくらい自然界に漏出しているのか? プラスチックごみの排出源や排出量、海に漏れている量などは正確にわかっていない。しかも、プラスチックが海洋でどう変わっていくのか、海の生物にどう影響を与えているのか、人間にも健康被害を与えるのか、も未解明だ。
 海洋プラスチック問題を解明しようと、東京大学大気海洋研究所などが手がける、日本財団FSI基金による海洋プラスチック対策プロジェクトは、(1)海洋プラスチックに関わる実態把握(2)マイクロプラスチックの生体影響評価(3)プラスチックごみ発生フローの解明と削減・管理方策の検討―の研究を進めている。
 この3点に関係した研究の現状と課題、成果についてレポートしていく。

海洋はプラスチックごみの最終処分場か

20200714_Table1.png プラスチックごみは、道路沿いや公園、河川敷などでよく目にする。海岸や海上(海洋表層)でも、多くのごみが見つかっている。しかし、そのごみが、具体的に、どこから、どのくらい海に流れ出ているか、はあまり知られていなかった。米国ジョージア大学の Jenna Jambeck 博士(教授)らは、各国の固形廃棄物や人口密度、経済状況のデータから、内陸で発生したプラスチックごみが海にどのくらい流出したのかを推計し、「Science」(2015年2月13日)に発表した。
 Jambeck博士らによると、2010年において、海岸線を持つ192か国でプラスチックごみが2億7500万トン発生し、そのうちの1.7~4.6%に当たる480万~1270万トンが海に流れ出たと推定した。推定流出量は、各国の管理できていないプラスチックごみの量から見積もっている。ちなみに、推定排出量の上位20か国を<表1>にまとめた。アジアの発展途上国が目立つ。
 Jambeck博士らは、合成プラスチック廃棄物量の急増は、社会にパラダイムシフトを求めていると指摘する。つまり、回収システムを拡大し、プラスチック製造者の責任を拡充して、廃棄物を削減するといった仕組みを作ること、つまりプラスチックのダウンストリーム(下流)の廃棄物管理の戦略という長期的な対策が不可欠であるという。このためには、発展途上国で廃棄物管理のインフラ(社会基盤)を改良していくことが重要だが、そうするには相当な資金と時間が必要になる。このため、発展途上国のインフラが改良されている間、先進国ではプラスチックごみ削減、使い捨てプラスチック抑制という行動を始める必要がある。もしもインフラが改良されないと、2025年までにプラスチックごみの海洋流出量が一桁大きくなると Jambeck 博士らは警告する。

小さくなったプラスチックはどこへ?

 英国インペリアル・カレッジ・ロンドンの Erik van Sebille 博士(同大名誉講師、ユトレヒト大学准教授)らは、さまざまな海域においてプランクトン・ネット(プランクトンを濾しとって集める道具)で採集したプラスチックごみの数量のデータや三種類の海流循環モデルなど使って、プラスチックが断片化してできたマイクロプラスチック(大きさ5 mm以下)の海洋における数量を計算した。2014年において海に蓄積したマイクロプラスチックは、個数で15~51兆個に上り、重さで9万3000~23万6000トンに達すると「Environmental Research Letters」(2015年12月8日)に発表した。ただし、推計値は海洋に流れ出たとされる全プラスチックごみのおよそ1%にしかならないと分析する。
 海洋表層に浮いているマイクロプラスチックの推計値は幅が大きい。Sebille 博士らは、海洋に関するデータ不足やモデル式の相違、発生源に対する根本的な知識の欠如、マイクロプラスチックの変容と寿命によるものであると説明する。
20200714_Fig2_caption.png 1%という数字はともかく、海洋表層を漂うマイクロプラスチック量が9万3000~23万6000トンというのは、Jambeck 教授らの研究で示されたプラスチックの流出量(480万~1270万トン)と比べ、はるかに少ない。Sebille 博士らはこう指摘する。たしかに、Jambeck 教授らが推計した、内陸の発生源からの漏出をもとに計算された流出量は、焼却されたり、埋められたり、ごみ収集者に回収されたりしたごみの量が省かれており、不確実性が大きい。だから、こうした発生源から Sebille 博士らのマイクロプラスチック浮遊量を一体的に理解することは難しいという。「行方不明」となったプラスチックごみの相当な部分は200 mmより大きいプラスチック品で、マイクロプラスチックを扱った今回の研究には含まれていない。しかし、たとえ大きなプラスチックが流出量に入っていないとしても、それが量で二桁も違うという理由になりそうもないと Sebille 博士らは記している。
 米国非営利団体(NPO)「Five Gyres Institute」の Marcus Eriksen 博士らは、海洋表層のプラスチックを調べるため、2007~2013年にかけて、24航海を行い、プランクトン・ネットによる680のサンプルを採取し、891か所で目視観測をした。そのデータを海洋循環モデルに入れ、海洋を漂うプラスチックの個数と質量を推計し、「POLS ONE」(2014年12月10日)に発表した。Marcus Eriksen 博士らは、現在、海洋に浮いているプラスチック片は少なくとも5兆2500億個、質量で26万8940トンに達していると見積もった。
 浮遊するプラスチックのうち大きさ4.75 mmを超えるもの(ラージプラスチック)が、23万3400トンであるのに対し、4.75 mm以下(マイクロプラスチック)は3万5540トンに過ぎないと指摘する。マイクロプラスチックがあまりにも少ないことについて、Marcus Eriksen 博士らは、マイクロプラスチックが除去される過程が働いていることを示唆する。除去過程には、紫外線による分解や生物分解、有機物による摂取、生物が付着することよる浮力低下、固まった塊による取り込み、浜への打ち上げが含まれているという。

マイクロプラスチックは海底に消える?

 東京大学大気海洋研究所の津田敦教授は、「これまでの研究からは、プラスチックが海にたくさん排出されたということはわかった。しかし、海におけるプラスチックの行方がよくわかっていない。しかも、海洋の生態系や人類へのプラスチックの有害性が強烈とは思われていない。だからプラスチックの海洋汚染の問題性がわかりづらくなっている。とは言っても、この汚染を広がっていくままにしておくと、過去にあった環境汚染のように取り返しのつかないことになってしまう。このため、プラスチック汚染を防いでいくことは大事であり、これを解決していく必要がある」と話す。
 津田教授らのグループは、海洋プラスチック対策プロジェクトにおいて、行方不明となっているマイクロプラスチックのうち、海底にたまっていると思われるミクロン単位のプラスチックの挙動(海洋の表層から海底までのマイクロプラスチックの動き)を研究している。
 津田教授によると、植物プランクトンは、沿岸で1日、外洋では3日で、海中で取り除かれるが、マイクロプラスチックもこのように除去されているのではないかとみている。
 ペットボトルやレジ袋などのプラスチック製品は、海洋を漂っているうちに植物プランクトンくらいの大きさに微細化するとされている。マイクロプラスチックが海洋の表層を漂う時間について、九州大学の磯辺篤彦教授は、「Nature Communications」(2019年)で発表した論文で、数値モデルの結果から3年が適当であると評価している。津田教授は、この3年という滞留時間にマイクロプラスチックが海中で取り除かれているのではないかと推測する。
 どう取り除かれるのか? 津田教授は2つの除去過程があるのではないかという。プランクトンや魚類などの生物に食べられること(摂餌)、それに沈降粒子となること(凝集)。沈降粒子には、プラスチックを食した動物プランクトンなどの生物のフンと炭酸カルシウムの粒やケイ藻などにからめとられて塊となったマリンスノー(海雪)がある。
 植物プランクトンのサイズは、おおよそ5ミクロンから100ミクロン(0.0005ミリから0.1ミリ)である。このくらいの大きさのマイクロプラスチックが海底に蓄積された場合、マイクロプラスチック量を計測するのは難しいようだ。植物プランクトンは、プラスチックよりはるかに多く、10の6乗倍もあるという。しかも、海底から採取した泥から、多量の植物プランクトンなどプラスチック以外の物質をどう取り除くのかという問題が立ちはだかる。
 津田教授は、「プラスチックは植物プランクトンや鉱物よりも比重が軽いから、比重で分けるという方法がまずは考えられる。それに、プラスチック以外を溶かしてしまう方法もある。有機物、炭酸カルシウムは酸に溶けるので、理論的には溶解できる。ただ、難分解性の有機物もある。どのやり方がいいのかを考えている」と説明する。津田教授らは、鹿児島湾の20メートルの海底から試料(直径8センチ、長さ30センチの泥のコア1本)をすでに採取した。今、それをどういう方法を使って分析していくかを研究グループ内で話し合っているという。

(文責 三島勇)