環境と持続可能性を考える -14-:国外の情勢 (10) 国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(5)
2024年11月25日から12月1日まで,韓国・釜山で,海洋環境を含む国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制に関する条約を作成するための政府間交渉委員会第5回会合(INC5)が行われた(1)。環境省等,関連する省の発表によれば(例えば2),この会合には177カ国の国連加盟国,関連国際機関,NGOなどから約3800名が参加した。国連加盟国は196カ国なのでほとんどの国が参加したことになる。参加者数は,INC4の約2500名に比べおよそ1.5倍に増加した。
会合にあたり,ルイス・バジャス議長(エクアドル)は議長案を提示し,これまでの議論を踏まえた上で議長の提示した条約案について話し合われたが,交渉は妥結せず,合意を得るには至らなかった。
<第5回政府間交渉委員会(INC5)の結果概要>
ルイス・バジャス議長が提示した条文案について交渉が行われた(12月1日に提示された条文案)(3)。条文案には,プラスチック(およびプラスチック製品に含まれる化学物質など)に関してヒトの健康と環境や生態系における安全を鑑み,プラスチック製品のライフサイクルそれぞれにおける規制が盛り込まれた内容である。
環境省が取りまとめた報道発表資料によると(2),条文案のうち,第1条「目的」,第5条「プラスチック製品のデザイン」,第7条「放出と漏出」,第8条「プラスチックごみの適正な管理」,第9条「既存のプラスチック汚染」,第10条「公正な移行」,第13条「履行・遵守」,第14条「国家計画(国別行動計画)」等については,具体的な文言交渉を通じて条文案の最終化に向けた議論が進展した。一方で第3条「プラスチック製品」,第6条「供給及び持続可能な生産」,第11条「財政の仕組み」などのいくつかで意見の隔たりがあり,合意に至らなかった。
ヨーロッパ連合(EU),アフリカ諸国,中南米及び小島嶼国などの100カ国以上が,プラスチック汚染を抜本的に減らすには生産規制に踏み込む必要があると提案した。しかしながら,生産規制は石油輸出量の減少につながり,国の経済に影響を与えるとの思惑から中東諸国やロシアなどの原油国から反対があった。彼らは,条約は廃棄物規制に限るもので,生産規制は対象外と主張した。こうしたことから,今後は,今回提示された議長の条文案を土台として,引き続き交渉が続けられることになった(4)。
条約交渉を科学をもとに合意を目指す場とすることも欠かせない。対立を乗り越えるには,最新の知見を広く共有することが重要だ。ルイス・バジャス議長はパリ協定と同様,科学的知見に基づき客観的に評価する場を新設することを提案した。これに対して,サウジアラビアの交渉官は「条約交渉は科学を語る場ではない」と批判した(2024年12月3日付,日本経済新聞)。このように生産規制を阻止しようとする国々と,健康と環境や生態系へのリスクを予防したい国々との間の主張は平行線のままで,今後も交渉は厳しいものとなりそうである。
対立は,プラスチック生産時に使う化学物質や使い捨て製品の使用制限,途上国の廃棄物管理を支援する資金負担でも生じていた。しかし,全く前進がなかったとは言えない。前述したように8つ条文では合意が見られた。例えば第5条のプラスチック製品のデザインである。回収,再生,リユースをあらかじめデザインにこめて製品を設計することは,資源循環につながり,場合によっては使用量を低下させる。プラスチック素材に含まれる化学物質についても管理しやすくなり,そうしたことが国際標準化に早期につながっていけば前進といえる。ほかにもプラスチック汚染の世界標準的な調査手法などで合意することで,汚染の可視化をさらに進めることにもなる。
<INC5における日本政府>
日本は第2回のINC直前に高い野心連盟(HAC)に加盟し,2040年までにプラスチック汚染を終わらせるという目標に賛同しており,HACはプラスチックのライフサイクル全てにわたる効果的な規制を実行する条約を強く求めている(5)。日本が加盟した当時,国際NGOグリーンピースは日本の参加を歓迎した一方で,建設的な立場を取るかに関して懸念を示していた(6)。
HAC加盟国は交渉最終日の12月1日に記者会見を開き,条約実現を強く主張したが,日本政府代表団は姿も表さなかった。このことに関して,懸念を示していたグリーンピース・ジャパンの小池宏隆氏は「日本は,HAC加盟国であるにもかかわらず,100カ国以上が加わったプラスチック生産規制を求める提案書に賛同せず,会期中に実効的な条約を実現することを求めたHACの記者会見にも参加しなかったことは残念」という(7)。
日本政府は条約という枠組みを既成事実として作ってしまい,その後で規制を進めるという方針だったようだが,国ごとにできるところから規制するというのでは包括的なものにはならない。生産規制する製品に優先順位をつけたリストを示すなどの具体的な提案を出すこともなかった。
<プラスチック汚染はまってくれない>
こうした一方で,グリーンピース・アメリカのグラハム・フォーブス氏は「条約交渉の遅延は,人類と地球にとって厳しい結果だが,プラスチック汚染を何も解決できないような実効性の低い条約が合意されるよりはよかった」と評価した(7)。確かに,中途半端な条約を作ってしまうよりは熟慮の期間を設け,検討の余地を残したということはいえそうだ。
プラスチック条約を目指す企業連合(Business Coalition for a Global Plastics Treaty)は12月2日に「INC5の結果に関する声明」を発表した(8)。その中でおおよそ以下のように述べている。
私たちは,世界的な段階的廃止やプラスチック生産の持続可能なレベルといった重要な項目について,100カ国を超える国々が連携を深めていることに勇気付けられた。かつてこれだけ多くの国がこうした義務に対して指示を明確に表明したことはなかった。最新の条約案は将来の交渉の基盤となる製品設計と廃棄物管理に関しても前進している。
しかし残念なことに,すべての国の間で合意が形成されていないことから,プラスチック汚染終結への重要な行動が一段と遅れている。
再開されるINC5の継続会議で各国の政府は選択を迫られる。もちろん,ほとんど影響力のない条約で交渉を引き延ばすことはできる。
だがその一方で,プラスチック製品のライフサイクル全体を網羅した強力な国際的な規則と包括的な資金調達メカニズムに基づく条約に合意することもできる。そして,この合意が大多数の政府,企業そして市民が望んでいる決定であると確信する。
企業連合の275を超える私たちメンバーは,企業が必要とし,そして大多数の国が望んでいる条約を確実なものとするために,世界中の政策立案者と協力する準備ができている。
こうした世界規模で活動する企業,金融機関やNGOなどの生産規制推進派の本拠地は先進国にある。分断の進んだ国際社会で,声明は反対派にすれば裕福なリベラル派の理想主義というかもしれない。
しかし今回の会合で生産規制を求めているのは,もちろん欧州連合(EU)は中心的存在ではあるが,それと共に発展途上国を多く含むアフリカ諸国,小島嶼国である。例えば,海岸にプラスチックごみが大量に漂着し,観光や漁業に大きな影響を受けている島嶼国などは,明確な削減目標の設定と実効性のある国際ルールを求めており,フィジー代表は「海外から流れ着いたプラスチックごみで暮らしの基盤と健康が脅かされている」という(2024年12月2日付,日本経済新聞)。こうした島嶼国は自前でプラスチックごみを処理する技術,施設,資金力はほとんどもちあわせていない。一方的に漂着してくるプラスチックごみを押し付けられているのであり,こうした国々に対して,そして健康や生態系へのリスク予防措置として,生産規制という合理的配慮はなされて当然といえる。
(文責:野村英明)
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注)
- Intergovernmental Negotiating Committee on Plastic Pollution(INC):プラスチック汚染に関する政府間交渉委員会
https://www.unep.org/inc-plastic-pollution/session-5(2024年12月16日閲覧) - プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第5回政府間交渉委員会の結果概要(2024年12月2日発表)
https://www.env.go.jp/press/press_04058.html?print=true(2024年12月3日閲覧) - INC5議長が12月1日に示した条約の骨子(案)
議長の条約の骨子の内容は以下の通りである。全体は第32条ある(第1条「目的」,第2条「定義」,第3条「プラスチック製品」,第4条「適応除外」,第5条「プラスチック製品のデザイン(製品設計)」,第6条「供給及び持続可能な生産」,第7条「放出と漏出」,第8条「プラスチックごみの管理(廃棄物管理)」,第9条「既存のプラスチック汚染」,第10条「公正な移行」,第11条「財政の仕組み(資金)」,第12条「国際協力を含む能力開発,技術支援,技術移転」,第13条「履行と遵守」,第14条「国家計画(国別行動計画)」,第15条「報告」,第16条「有効性の評価」,第17条「情報交換」,第18条「広報,啓発,教育,研究」,第19条「健康」,第20条「締約国会議」,第20条2「補助機関」,第21条「事務局」,第22条「紛争解決」,第23条「条約の改正」,第24条「付属書の採択と改正」,第25条「投票権」,第26条「署名」,第27条「批准,受諾,承認あるいは加盟」,第28条「発効」,第29条「留保」,第30条「脱退」,第31条「寄託者」,第32条「原本」)。
https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/46710/Chairs_Text.pdf - 内城喜貴(2024年12月13日):世界のプラごみ規制へ条約の早期実現を-海洋汚染対策は待ったなし. Scicence Portal
https://scienceportal.jst.go.jp/explore/review/20241213_e01/ - プラスチック汚染を終わらせるための高い野心連合:High Ambition Coalition to end plastic pollution (HAC))
HACは2040年までにプラスチック汚染を終わらせるという目標掲げている。そのためにプラスチック原料,プラスチック製あるいはプラスチックを含む製品,難燃剤などプラスチックに関連する化学物質などのあらゆるプラスチック汚染に関係のあるプラスチックのライフサイクル全体を扱う効果的な規制を積極的に遂行する,国際的な法的拘束力のある制度の成立を強く主張する。
https://hactoendplasticpollution.org (2024年5月7日閲覧)
INC4に向けたHAC加盟国の閣僚共同声明
https://hactoendplasticpollution.org/hac-member-states-ministerial-joint-statement-for-inc-4/#(2024年5月7日閲覧)
環境と持続可能性を考える -9-:国外の情勢 (8) 国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(3)
https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2023/07/--9--8-3.html - グリーンピース・ジャパン(2023年5月27日): 野心的なプラスチック条約実現への動きを歓迎 日本政府「プラスチック汚染に関する高野心連合」参加を表明
https://www.greenpeace.org/japan/campaigns/press-release/2023/05/27/63180/(2023年6月20日閲覧) - グリーンピース・ジャパン(2024年12月2日): プラ生産削減を含む条約締結次回に持ち越し,INC5合意至らず閉幕-積極姿勢欠いた日本,実効性ある規制へ存在感示せ
https://www.greenpeace.org/japan/press-release/inc5_no_treaty/(20241203閲覧) - プラスチック条約を目指す企業連合(Business Coalition for a Global Plastics Treaty)
プラスチック条約のための企業連合は,プラスチック汚染をなくすための野心的で効果的かつ法的拘束力のある国際条約の策定を支援することに尽力する企業,金融機関,NGOなどで構成された組織。
https://www.businessforplasticstreaty.org/
INC-5の結果に関する声明
https://www.businessforplasticstreaty.org/latest/our-statement-on-the-inc-5-outcome