出版物の紹介:『地球をめぐる不都合な物質』(日本環境化学会編著)
『地球をめぐる不都合な物質』
(日本環境化学会編著 講談社 1000円+税)
戦後の高度成長期、わたしたちの生活の利便性を高めるため、さまざまな化学物質が作られ、利用されるようになった。その「負の側面」として、工場から排出されたメチル水銀による水俣病と新潟水俣病、鉱山から排出されたカドミウムによるイタイイタイ病、石油コンビナートからの排煙による四日市ぜんそくなどの公害が各地で発生し、地域住民に甚大な健康被害を与えた。
現在、問題となった化学物質に対してさまざまな対策や規制がなされた。このため、目に見えるような環境汚染は改善されたかのようにみえる。では化学物質による問題は起きていないのだろうか。本書は、この問題意識から、POPs(残留性有機汚染物質)や水銀などの重金属、PM(微小粒子状物質)2.5などによる環境汚染の現状、生体への影響などについて、最新の研究成果などをもとに解説し、警鐘を鳴らしている。
本書では、マイクロプラスチック(大きさ5mm以下のプラスチックの破片)についても一章(『マイクロプラスチック「不都合な運び屋」』)を割いている。
プラスチックの中には、有害な添加剤である「環境ホルモン」のノニルフェノールや臭素系難燃剤などが含まれている。有害な化学物質は、水に溶けやすいものは海水中に溶けだし、水に溶けにくいものはプラスチックに長期間とどまることが確認されている。一方、石油から合成されるプラスチックは、一種の固形状の油であり、海に低濃度で存在し油に溶けやすい性質があるPOPsを吸着・濃縮していく。その結果、「プラスチックは、水中で有害な化学物質をくっつけることによってさらに有害化していきます。」と指摘する。有害化は、実験やモニタリング調査によって、地球規模で起こっていることが明らかになっているとしている。
また、マイクロプラスチックは、「運び屋」として魚などの体内にまで有害化学物質を運び、身体にダメージを与えていることも実験からわかってきた。しかし、「自然界に生息している生物を対象にした調査で、プラスチックに含まれている化学物質を蓄積したことで発生した異常は報告されていません」と記す。
ただ、海に流れ出るプラスチックが、生物分解されずに長く残れば、将来世代への負担になることは確実だ。この章の執筆者(高田秀重・東京農工大教授は「この残留性のある「負の遺産」を将来の人類に相続させるわけにはいきません。プラスチック製品を減らすための試みに直ちに取り組むべきだと、私は考えます」と訴えている。
本書のエピローグで、人類が生み出した化学物質の影響の評価には、(1)目に見えない(2)環境中に薄く広く拡がり、その影響を捉えにくい(3)影響評価が、人々の価値観によって大きく変動する―という本質的な問題が障害となっていると書き著す。この3つをマイクロプラスチックに当てはめると、マイクロプラスチックは、ほとんどの存在がわからず、海洋汚染の拡がりについては、長い間気づかれずにいた。最近になって、海洋に広く薄く拡がっていることが明らかになった。だが、その影響は完全には解明されていない。どの程度、有害な化学物質の輸送媒体として働くか、その影響がどこまで及んでいるのか、こうしたことについては専門家の間でもいまだ科学的事実として共通認識がない。このため、「マイクロプラスチックに関しては、価値観の違いによる深刻な対立が起きる以前の、科学的知見を深める段階にあるといえます」と分析する。そのうえで、「今後、調査・研究が進み、科学的コンセンサスが得られれば、POPsや重金属と同様に、個人の価値観の問題が重要になってくるでしょう」と推察する。
マイクロプラスチックにかかわる化学物質の問題は、海洋プラスチック汚染の重要なテーマだ。その研究成果は、人々のプラスチックに対する問題意識を大きく、急速に変えるかもしれない。
(文責 三島勇)