海洋プラスチック研究最前線:2.生体に侵入するプラスチック
海の生物がマイクロプラスチックを取り込む
大きさが5 mmより小さいマイクロプラスチックが海洋に広く漂っていることは,前回の「"消えた"プラスチックを探せ」で指摘した。プラスチックは,自然界にない,人工の物質だ。自然界の生物にとっては,まったくの異物である。レジ袋やペットボトルが砕かれて小さくなったマイクロプラスチックという異物が,生物のどこまで,どのくらい取り込まれているのだろうか。生体内に侵入したら,何らかの影響があるのではないのか。食物連鎖や生物の多様性,奇形など関連しているのだろうか。そうした疑問や懸念に答えようと,科学研究は地道に進められている。
これまでのマイクロプラスチックに関する研究によって,海洋生物がこのマイクロプラスチックを生体内に取り込んでいることがわかっている。生物が,マイクロプラスチックに付着した有害物質も一緒に吸収してしまうことも明らかになってきている。
自然界にいる海洋生物は,どのくらいマイクロプラスチックを取り込んでいるだろうか。カナダ・バンクーバー水族館の研究グループ(Jean-Pierre W. Desforgesら)は,北東太平洋のカナダ・ブリティッシュコロンビア州沿岸を漂う動物プランクトン2種類(カイアシ類とオキアミ類)の生体を調べ,いずれの動物プランクトンからもマイクロプラスチックが検出されたと「Archives of Environmental Contamination and Toxicology」(2015年6月12日)に発表した。
カイアシ類は小型甲殻類で,海水を濾して植物プランクトンの珪藻などを食べる。オキアミ類も小型甲殻類だが,カイアシ類より大きく,海洋表層で同じように珪藻を餌にしている。研究グループによると,カイアシ類で34匹あたり1個,オキアミ類で17匹あたり1個という割合でマイクロプラスチックが見つかった。また,誤飲されていたマイクロプラスチックの大きさは,2種類の動物プランクトンの口から入る程度の大きさで,カイアシ類で0.5 mmくらい,オキアミ類で0.8 mmくらいだった。さらに,カイアシ類については,マイクロプラスチックの取り込みが都市部に近いジョージア海峡で特に多かった。
そのうえで,研究グループは,ジョージア海峡に生息するサケ類が2種類の動物プランクトンを多く食べていることに着目し,サケ類のマイクロプラスチックの取り込み量を推計した。これらの動物プランクトンを食べる1日あたりの推計量から,幼魚で1日あたり2~9個,成魚で1日あたり最大91個を体内に吸収していると推定した。
海洋生物からマイクロプラスチックが見つかったという研究は,これだけではない。ドイツ沿岸の北海で採れたムラサキイガイ(一般にムール貝として知られている)<写真,写真は東京大学大気海洋研究所の井上公滋教授提供>やマガキ(カキの一種)の二枚貝から,軟組織1グラムあたり0.15~0.70個のプラスチック破片が見つかり,カナダ・ノバスコシア州の天然と養殖のムラサキイガイからは,マイクロプラスチックの一種であるマイクロファイバー(極細繊維)が,1個体につき天然で116個,養殖で178個検出されている。さらに,英仏海峡や北海,北太平洋の魚類,南西太平洋にあるマッコリー島(オーストラリア)に生息するオットセイの排泄物からも,マイクロプラスチックが見つかったという事例もある。
マイクロプラスチックは生物の阻害物質
マイクロプラスチックが海洋生物の生体内に入り込んでいる実態は明らかになっているわけだが,生体内に入ったマイクロプラスチックは何か影響を及ぼしているのだろうか。
英国のプリマス海洋研究所の研究グループ(Zara L.R. Botterellら)は,過去の論文をもとに,食物連鎖で重要な位置を占める動物プランクトンがマイクロプラスチックを取り込み度合いとその影響を再検討し,その成果を「Environmental Pollution」(2018年10月17日)に発表した。
研究グループは,実験室と野外調査における動物プランクトンのマイクロプラスチックの取り込みに関する知見から,動物プランクトンがマイクロプラスチックをどのくらい生体内に吸収し,何らかの影響を受けているかどうかを確認した。その点は次の通りだった。
第一に,39種類の動物プランクトンでマイクロプラスチックの取り込みがあった。第二に,研究の大部分は実験室で行われていて,研究論文の45%にあたる10件で,負の影響があったと結論付けられていた。つまり摂餌や成長,発達,再生産,寿命に影響があったという。第三に,論文の14%にあたる3件ではマイクロプラスチックの取り込みの負の影響は報告されていない。第四に,大きさや形,経年(古さ),現存量が,マイクロプラスチックの取り込み度合いに影響を与えている。第五に,実験で使われているマイクロプラスチックが,大きさや形,経年(古さ),現存量などにおいて自然界と異なる条件であることが多かったと指摘した。そのうえで,今後,自然界と同じ条件により近づけた実験も行っていくべきだと提案した。
研究グループは,マイクロプラスチックの生体への影響に関する研究は十分ではなく,海洋生物への影響を正確に評価できる段階にはないと伝えているのだろう。
マイクロプラスチックは"トロイの木馬"
仮にマイクロプラスチックそのものが有害ではないとしても,マイクロプラスチックに付着した有害化学物質が生体内に入ってしまったら,どうなのだろうか。海洋にはダイオキシン類やPCB(ポリ塩化ビフェニル),DDTといったPOPs(残留性有機汚染物質)などの有害化学物質が流れ込んでいる。これらの有害化学物質は,自然界では分解されにくいうえ,生体内に蓄積しやすい性質を持っている。実際,生物濃縮によってシャチやイルカといった哺乳類にもPOPsが高濃度で蓄積されている。
また,有害化学物質がマイクロプラスチックに付着する。汚染されたマイクロプラスチックをプランクトンが餌と間違えて食べる。そのプランクトンが魚介類の餌になり...。こうした食物連鎖を考えると,海洋マイクロプラスチック汚染は,有害化学物質汚染の問題にもつながってくる。イタリアのマルケ工科大学とパドヴァ大学の研究グループ(Carlo Giacomo Avioら)は,ムラサキイガイを使い,マイクロプラスチックを介しての汚染物質の取り込み度合いを調べ,その結果を「Environmental Pollution」(2015年1月28日)に公表した。
イタリアの研究グループによると,レジ袋などに使われるポリエチレン(PE)と食品容器の原料となるポリスチレン(PS)は,刺激性がある多環芳香族炭化水素化合物(PAH)ピレンに曝されると,時間が経てば経つほど,また曝露量が多ければ多いほど,ピレンを吸着した。他方,ムラサキイガイに,PE,PS,ピレンを含んだPE,ピレンを含んだPSを曝露する実験を行ったところ,ムラサキイガイの鰓(えら)と消化腺の組織で,ピレンを含んだPEとピレンを含んだPSが,PEとPSよりも多く見つかった。
生物がマイクロプラスチックを吸収すると,たとえマイクロプラスチック自体に有害性がないとしても,それに付着した有害物質もムラサキイガイに取り込まれる。まるでマイクロプラスチックは"トロイの木馬"だ。マイクロプラスチックは,何事もないかのように生体内に潜り込み,その中に隠していた"兵"を送り込んでいるようだ。
(文責 三島勇)