Columns & Reportsコラム・レポート

2020.08.28

海洋プラスチック研究最前線:4.マイクロプラスチックのヒトへの影響

ヒトの体内に"侵入"するプラスチック

 研磨剤などのようにもとから小さいプラスチック製品や,レジ袋などが細かく砕かれたりして断片化した,5mmより小さいプラスチック(マイクロプラスチック)は,自然界に漂う化学物質を吸着する性質があり,それが生物体内に容易に侵入することが実験的に知られている。実際に,プランクトンや魚類などの海洋生物の体内から,このマイクロプラスチックは見つかっている。
 ヒトは魚介類を食べる。それを人が食べれば,マイクロプラスチックがヒトの体内に入ってくる可能性がある。ヒトの口から入ってきたマイクロプラスチックは害にならないのか,それとも無害なのか。
 ただ,ヒトがマイクロプラスチックを体内に取り込むのは,食べることだけではないようだ。ヒトは,呼吸し,水も飲む。このように生存に不可欠な活動だけで,いったいどのくらい摂取しているのだろうか。
 日本経済新聞などの報道によると,ウィーン医科大学などの研究チームは2018年10月22日,ウィーンで開かれた欧州消化器病学会で,日本を含む8か国のヒトの便からマイクロプラスチックが検出されたと発表した。8人のボランティアの排泄物10グラムあたり平均20個のマイクロプラスチック(粒径0.05~0.5mm)が見つかったという。ヒトの消化器官にマイクロプラスチックが曝露されている可能性はあるとみられるが,研究チームはどういう経路で身体に入ったか,有害なのか,はわからないとしている。つまり,ヒトが,マイクロプラスチックをどこから取り込み,どれだけの曝露リスクがあるかもわかっていないということだ。

ペットボトル水に多くのマイクロプラスチック

 カナダのビクトリア大学などの研究チーム(Kieran D. Coxら)は,過去の研究論文などをもとに,アメリカ人が普段飲食している食料品や飲料水にマイクロプラスチックがどのくらいあるかを求め,そのうえでヒトがマイクロプラスチックをどのくらい吸収しているかを推計した。研究チームはその推計値を「Environmental Science & Technology」(2019年6月5日)に公表した。
 論文によると,はちみつ,塩,ビール,水道水,砂糖,ペットボトル水,魚介類からのマイクロプラスチックの年間体内摂取量は39000~52000個だった。空気を呼吸したときに取り込む分を考慮すると,年間体内摂取量は7400~121000個に跳ね上がったという。意外に思ったのは,ペットボトル水からのマイクロプラスチックの検出数が,水道水よりも格段に多かったことだった。水を当局の推奨摂取量分飲んだ場合,ペットボトル水だけだとマイクロプラスチックの年間体内摂取量は90000個に達した反面,水道水だけだと4000個というのだ。種類別に見ると,呼吸による摂取が最も多く,魚介類とペットボトル水が続く。そのほかの場合はかなり少ないとしている。
 世界保健機関(WHO)は2019年8月22日,マイクロプラスチックの人体影響への研究推進とプラスチック汚染の抑止を求めるニュースリリースを公表した。WHOは,限られた情報だけで判断すれば,飲料水に含まれるマイクロプラスチックが現状の水準ならば健康リスクにならないとしている。しかし,もっと多くの科学的な情報が必要であるとしたうえで,世界中に広がるプラスチック汚染のリスクを止める必要があるとも訴えている。
 たしかに,私たちの体はマイクロプラスチックで"汚染"されているのは事実のようだ。しかし,マイクロプラスチックが,実際,人体にどのような影響を与えているか,あるいは将来どのような影響を及ぼす可能性があるのかは科学的にはよくわかっていない。WHOが指摘するように科学的な知見が足らないのだ。研究の推進が求められるが,だからと言って,研究のためにヒトに直接マイクロプラスチックを摂取させる実験はできない。動物実験が必要となるところだが,現在,動物実験に対し,先進国を中心に社会的に厳しい目が向けられる。そのような社会状況の中,少なくともヒトに対して有害であるという可能性の有無もはっきりしない段階で,動物を安易に利用することは難しい。
 ただ,30年前のことであるが,50nm(n(ナノ)は10億分の1)から3μm(μ(マイクロ)は100万分の1)までの大きさのポリスチレンのビーズをラットに与えた実験が行われ,その結果が論文になっている。ロンドン大学などの研究グループ(Praful Janiら)は1990年,「Journal of Pharmacy Pharmacology」に発表した。
20200826_table1.png それによると,大きさの違う6種のビーズをラットに強制的に経口摂取させた結果,5nmのビーズで摂取量の34%,100nmで26%も体内に吸収されていた。表1の通り,50nmでは肺と心臓以外の臓器からビーズが検出された。ナノサイズの粒子(ナノ粒子)が吸収される一方,1μmの大きさになると,肺,心臓だけでなく,血液や骨髄,腎臓でも検出されなかった。さらに,3μmの大きさだと,肺や心臓,血液,骨髄,腎臓に加え,肝臓と脾臓でも見つからなかった。こうした結果などから,研究チームは,小腸などの消化管から吸収されたナノ粒子が,リンパ系を通して全身に循環する可能性があると指摘した。

動物を使わず,ヒト臓器細胞で実験

 東京大学工学系研究科の酒井康行教授や稲村恒亮・特任研究員らの研究グループは,海洋プラスチック研究の一環として,プラスチックの人体への影響を調べている。酒井教授は「マウスやラットなどの動物を使えば,ヒトへの影響はある程度予測可能だ。ただ,種差で反応に違いが出るうえ,最後は(実験動物を)殺処分することになる動物実験をできるだけ避けたい」と言う。そしてこう続ける。「もちろんヒトで実験するわけにはいかない。私たちは,ヒトの臓器細胞を使って生体への影響を調べ,人体への影響を推測しようと考えている」。
 先に言及したように,マイクロプラスチックがヒトの排泄物から検出され,またラットが飲み込んだナノ粒子が腸や肝臓などの消化器で見つかっている。酒井教授は「(ロンドン大学の研究グループの実験では)ナノサイズのものは取り込まれやすいが,マイクロスケールのプラスティックは血液循環にまで行っていないようだ。一方で,最近の研究(南京大学とハーバード大学の実験)では,5μmまたは20μmのものも取り込まれ,臓器への分布が見られている。今後は,ヒトでの正確な取り込み・分布のメカニズム解明と定量的な評価,実曝露を踏まえたリスク評価を行っていく必要がある」と述べる。
 インド国立薬学教育研究機関の研究グループ(Harshad Hardeら)は,経口投与された薬剤を含んだ個体脂質ナノ粒子が消化器でどう吸収されていくのかを過去の論文などをもとに研究し,その成果を「Expert Opinion on Drug Delivery」(2011年8月11日)に発表した。それによると,ナノ粒子が腸で吸収されるメカニズムは,(1)腸にある「パイエル板」の「M細胞」を通した細胞内における吸収(図1参照),(2)腸内の細胞と細胞の間を通した吸収,が想定されるという。また,吸収過程においては粒子のサイズも吸収の程度を左右する重要な要素であると指摘する。つまり,粒径が小さい粒子は,細胞と細胞の間を通るなどして,大きな粒子と比べて吸収しやすい一方,大きな粒子はパイエル板の上に長く滞留し,そこで吸収されるとみられるという。したがって大きな粒子はパイエル板を通してリンパ系に効率よく伝達される。これからわかることは,ナノ粒子の大きさによって,腸内での吸収経路が違うということだろう。ただ,注意しなければならないのは,ここで言うナノ粒子はプラスチック製ではないということだ。

20200826_figure1.png コーネル大学などの研究グループ(Michael L. Shulerら)は,ポリスチレンのナノ粒子を腸の培養細胞などに曝露させ,人体の鉄分吸収に影響を与えることを確認し,その成果をまとめた論文を「nature nanotechnology」(2012年2月12日)に発表した。そのなかで,研究グループは,ヒトの結腸がん由来の「Caco-2」細胞とヒトのバーキッドリンパ腫由来の「Raji B」細胞,ヒト結腸がん由来の「HT29-MXT」細胞といった培養細胞の試験管内での曝露実験の結果が,鳥の腸を使った曝露実験の結果と整合していると説明する。そのうえで,この試験管内の実験モデル(腸管培養モデル)が,ナノ粒子の毒性研究のために,低コストで高度な検査の道具として使えるとした。
 酒井教授らは,小腸と肝臓のヒト臓器細胞でプラスチックの人体への影響を調べる計画だが,まずは小腸から取り組んでいる。コーネル大学などの研究グループが行った腸管培養モデルを参考にして,腸管を培養し,蛍光修飾したポリエチレンビーズ(50nm,100nm,500nmの3種)を曝露させた。(脚注1)

ナノプラスチックがリンパ管に"侵入"する

 曝露実験では,まずは吸収上皮細胞だけの培養液にポリスチレンビーズを曝露させた。その結果,50,100nmの大きさのビーズは細胞内に透過し,蓄積した。しかし,500nmの大きさのビーズは入りにくく,蓄積しなかった。<表2参照>
 20200826_table2.pngさらに,吸収上皮細胞の培養液に,ムチン,M細胞の順で付加していき,それぞれの付加段階でビーズを曝露させた。ムチンは,いずれの大きさのビーズでも細胞内への透過を阻害した。その一方,M細胞は500nmのビーズも透過させた。
 酒井教授らの実験結果から推定されることは次の通りだ。

(1) 隣り合う吸収上皮細胞をつなぐ細胞間結合の一つである「タイトジャンクション(隣り合う細胞と細胞の隙間)」が,50nmと100nmのビーズの透過経路となっていた。
(2) M細胞は,いずれの大きさのビーズも透過させた。
(3) ムチンは,いずれのビーズの透過も阻害した。

 タイトジャンクションの大きさについて,稲村特任研究員はこう説明する。「諸説あると思うが,ある論文では小腸のタイトジャンクションは6~60Å(Åは100億分の1)だと言われている。しかしながら,吸収の際にはタイトジャンクションが拡張するらしい」
 ヒトの実際の腸管では,M細胞に取り込まれた物質はリンパ管に入る。そこでは免疫細胞や抗原提示細胞(抗原を自己の細胞表面に示し,T細胞を活性化させる細胞)が反応し,抗原(異物)と判断した場合,抗体を産生するなど免疫機能が働く。酒井教授は「培養細胞を使った実験の結果からは,小腸の細胞はビーズをM細胞経由で免疫系まで取り込んでいると考えられる。そうすると免疫反応に影響する可能性はあるだろうと言える。しかし,示唆されると確定的には言えない」と説明する。
 そのうえで,酒井教授は「これまでの実験では細胞を覆うくらいの量のビーズを長時間曝露させていた。今後は,ビーズの曝露量を抑えたり,曝露の頻度を変えたりするなど,条件を変えた実験をしたい。また,透過後の体内動態の予測モデル作成や免疫関連の影響評価をしていく。さらに,肝臓などの細胞を使った同様の実験,影響評価もしていきたい」と話す。
 リンパ管まで"侵入"するプラスチック。ヒトの生体にどう影響するのか ー その研究結果が待ち望まれる。

(文責 三島勇)

(脚注1)
 稲村特任研究員によると,具体的な培養モデル作成は次の通りだ。少し難しくなるが,図1を参考にしながら読んでほしい。
 容器の中に網目状に腸の細胞を置き,腸管を培養する。生体外で腸の生体を模倣するためだ。吸収上皮細胞はCaco2細胞で作製される。Caco2細胞は,結腸(大腸)由来の細胞だが,長期培養することで絨毛(じゅうもう)や発達したタイトジャンクション(隣り合う細胞と細胞の隙間)を形成する。腸管特有の腸管バリア機能を持ち,物質のやり取りが盛んであることが小腸の細胞性質に近い等の理由により,結腸がん由来でありながらも,小腸モデル細胞として広く使われている。試験管内の培養系においては,M細胞は,白血病由来のRaji B細胞によってCaco2細胞の分化誘導(細胞同士の相互作用を利用して引き起こし分化させること)させたもの。粘膜細胞「ムチン」は杯(さかずき)細胞から放出される。杯細胞は,結腸がん由来の「HT29-MTX-E12」細胞を薬剤で誘導して分化させたものだ。杯細胞が,ムチンを産生・分泌することで腸管内腔の表面を覆い,腸内細菌の組織への侵入を防ぐ働きをしている。