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2020.09.17

海洋プラスチック研究最前線:5. プラスチック削減 -その1-

ペットボトルは止められるか

 プラスチックは,安価,軽量,長持ちで,どのような形の製品にも成型できるという特性がある。20世紀後半から21世紀,この偉大な発明品は,日常品から工業製品,医療用品などへと用途が広がり,私たちの生活には不可欠になった。しかし,その生産量は急増する一方で,プラスチックの膨大な廃棄量は,地球規模の環境問題を引き起こすようになった。

fig1_1599811400738.jpg たとえば,私たちが日常的に使うペットボトルを考えてみよう。天然水,ミネラルウォーターなどと言われると,健康のためにも,とペットボトルに入った水を飲みたくなる。このペットボトルもプラスチックでできている。PETボトルリサイクル推進協議会の「PETボトルリサイクル年次報告書2019」によると,2018年度で日本のペットボトル生産量は総重量で62万6千トン,販売本数は252億本に上る。1人当たり年間200本を超えるペットボトルを使っている計算になる。一方、リサイクル量は52万9千トンで,リサイクル率は84.6%だった<写真右:リサイクルを待つペットボトル(提供:安田産業株式会社(京都市))>。日本は「リサイクル率が高い」と言われているが,その日本でさえ10万トン弱のペットボトルが「行方不明」になっている計算だ。

 持ち運びやすく,手軽に使えるペットボトルを減らす「難題」に挑もうと,京都大学大学院地球環境学堂の浅利美鈴・准教授(環境教育)の研究室に所属する大学院生,学部生,さらに趣旨に賛同する企業の社員らのグループが,京都大学キャンパスなどでマイボトルの普及に向けた実証実験を始めようとしている。

 グループはまず,浅利研究室の黄蔚軒さん(修士2回生)を中心にして,2019年12月,京都大学吉田キャンパスの4か所の食堂で,学生や教職員などにアンケート<写真下:配布したアンケート用紙>を実施し,433人から回答を得た。アンケートの内容は,ペットボトルに対する意識,マイボトルの利用状況などを聞くものだった。


 マイボトルやマイカップの利用については,「ほとんど持ち歩いていない」が45%だった。一方,残りの「利用している人」のうち,「ほぼ毎日」は30%,「週に3,4日」10%,「週に1,2日」7%,「月の1,2日」8%だった。ペットボトル利用の理由は,「どこでも購入できる」「蓋ができる」「マイボトルに比べて軽い」が8~9割と多く,次に「マイボトルなどを持ってきてないから」「習慣だから(特に何も考えない)」という回答が7割台だった。

 マイボトルを使わない理由で多かったのは,「洗浄するのが面倒」(80%),「かさ張る,重いので持ち歩きたくない」(77%),「飲料を入れるのが手間」(70%),「外出先で給水するところがない」(69%)などの順だった。

fig2_questionanaire.png ペットボトル使用の代替策で,回答者が「効果的」だと思ったのは,「マイボトル等持参でコーヒー等の値引きがある」(92%),「マイボトル対応の無料の給水・湯スポットを増やす」(90%),「マイボトル対応の安価な自販機を増やす」(89%)などだった。マイボトルを使って経済的なメリットが受けられる代替策,自販機・給水スポットなどのインフラ整備への希望が目立った。

 「シングルユース(使い捨て)プラスチック製品を少しでも減らすためにはあなた自身の生活や習慣を変えねばならないと思いますか?」という問いには,「変えねばならないと思う」(18%),「やや,変えねばならないと思う」(45%)と回答者の3分の2が行動変容の必要性を認めた<注:数値は,元のデータは男女別で計算されていたが,ここでは簡便のため男女を合わせて計算した>。

京都大学で始まるマイボトル推進の実証実験

 アンケート結果などをもとに,京都大学の大学院生,学部生などのグループは,大学キャンパスで多く利用・廃棄されているペットボトルを減らすには,マイボトルの普及が有力な手段になると考えた。そのうえで,安価な(できれば無料の)飲料水が利用できるインフラを整備する必要があると判断し,実証実験の計画を立案した。

 当初の計画は,2020年3月から,京都大学吉田キャンパスで,大学側とメーカーなどの協力を得て実証実験を行い,その後,この計画に参加している企業の「リコー」の御殿場事業所でも実施する予定だった。しかし,コロナ禍によって,学生があまり登校しない吉田キャンパスでは,予定通りの実験ができなくなった。このため,リコーの御殿場事業所で9月末から先行実施することになった。

 リコー御殿場事業所では,7台のウオーターサーバーを,1年間設置し,ペットボトルの削減やマイボトルの普及などのデータを収集する。一方,吉田キャンパスでは,キャンパス内にウオーターサーバー30台を1年間置き,ペットボトル削減量など調べることになっていたが,現在,学部生の登校が厳しいことから,今年10月以降に大学院生や職員を対象とした実証実験を始めるかどうかを検討している。

 京都大学浅利研究室を中心に進められているマイボトル普及に向けた実証実験は,海洋プラスチック研究の一環である。さらに,同研究室は,プラスチック製品の特徴に合わせて,再生や削減,再利用などに区別する一覧図「京都大学プラ・イド(Plastic Identificationの略)チャート」(下図)を考案し,これをもとに製品ごとの対策,消費者の行動変容などへの展開も研究している。

fig3_chart_pla_id_KyotoUnivVer2.png

消費者の行動は変えられるか

 ただ,個人の行動変容は難しい面があるようだ。オーストラリアのクイーンズランド大学の研究チーム(Leela Sarena Dilkes-Hoffmanら)が,その一端を示す研究成果を「Resources, Conservation & Recycling」(2019年5月9日)を発表した。

 オーストラリアでプラスチックに対する意識調査を実施し,2518人の回答内容を分析した。それによると,一般の人々はプラスチックを重大な環境問題と考え,特に海洋プラスチック問題が地球温暖化問題よりも重大であると捉えていた。また,回答者の80%がプラスチック使用を減らそうという意欲を持ち,大多数が紙やガラスがプラスチックより環境にやさしい素材であると信じていた。

 しかし,多くの回答者は,プラスチック使用を削減しようという意識を実際の行動に移していなかった。研究チームでは,オーストラリア人の大多数は,プラスチックが環境問題であると関心を示しているものの,使い捨てプラスチックの使用を抑制する責任の大半を産業と政府に押し付けている,としている。

 日本とオーストラリアで社会や個人の役割に対する考え方に違いがあるだろうが,人の意識・行動の傾向を考えるには参考になるだろう。その意味でも,京都大学の実証実験が学生らの行動にどう影響を与えるのか,興味が尽きない。

(文責 三島勇)