Columns & Reportsコラム・レポート

2020.09.17

海洋プラスチック研究最前線:5. プラスチック削減 -その2-

プラスチックごみ削減の「最適解」はあるか

20200916_Table1.pngのサムネイル画像 世界中で増え続けるプラスチックごみへの対応については,大きく三つの方策が想定できるのではないだろうか。第一は,プラスチックの製造と使用を禁止し,海洋に流れ出るプラスチックを完全に止める方策だ。第二は,いままで通りのプラスチック製造・使用を継続し,海洋プラスチックごみの現状に目をつぶること。第三は,必要性の低いプラスチック使用を避け,プラスチックをできるだけ減らしつつ,海洋にプラスチックごみを流出させないようプラスチックごみを適正管理していく方策だ。

 プラスチックの高い利便性や経済性,必要性があるという事実,生産・使用に関係する産業や従業員の雇用など経済・労働者雇用面を考えると,第一の選択はかなりの困難を伴うと予想される。一方,第二の無策先送りでは,急増する海洋プラスチックごみは遅かれ早かれ危機的な状況を招くことは避けられず,プラスチックごみの解決はさらに困難になるだろう。そうすると,最も現実的なのは,第三の選択と捉えても間違いないだろう。この選択が一般常識にも合致し,受容しやすい方策だと思われる。

 米国ジョージア大学のJenna Jambeck博士(教授)らも,第三の選択と同じ考えを表明している。同博士らが「Science」(2015213日)に発表した論文で,海洋プラスチック削減のためには,発展途上国で廃棄物管理のインフラ(社会基盤)を整える一方,インフラが整備されている先進国では使い捨てプラスチックを使わないようにするなどの削減策を取っていくことを提言している。

 Jambeck博士らが指摘するように,先進国である日本は,プラスチックごみの削減を目指す必要がある。実際,日本政府は,プラスチック使用抑制策(喚起策)の一つとして,小さな動きではあろうが,まずはレジ袋有料化を事業者に義務付けるなどしている。他方,プラスチック製造業者やそれを利用する事業者も,生分解性プラスチックや紙製品などの代替素材・代替品の開発を進めている。また,先述した京都大学の学生たちのようにプラスチック利用削減を進める活動を行っている人たちも少なくない。政府,産業界,市民がそれぞれできる範囲で,削減に取り組む動きが出てきている。

 しかし,世界中の海洋に蓄積しているプラスチックごみは,多くが途上国由来と考えられている。Jambeck博士が論文で示した排出国(推定)上位20か国の一覧を見れば明らかだ(表1)。排出量上位20か国のうち,先進国は20位のアメリカ合衆国だけで,ほかはすべて途上国である。

廃棄物管理の方策を検討する国際的枠組みの必要性

 東京大学未来ビジョン研究センターの高村ゆかり教授(国際法学・環境法学)は,海洋プラスチック問題に関し,国際的な枠組みを活用し,改善する方策を研究している。廃棄物管理は,海洋プラスチックごみの排出量が多い途上国では,不十分であるのが現状だ。高村教授は「プラスチックごみの適正管理の課題は,国際的な枠組みがないと解決は難しい。これは各国の共通認識だと思う」と指摘する。

 高村教授によると,地球規模の環境問題に対応する国際的枠組みには2種類ある。つまり,国家間の合意で法的拘束力を持つ条約と,条約によらない国際協力という枠組みである。現在,条約として海洋プラスチックに関係しうるものとして,表2に示す「国連海洋法条約」(1982年)とロンドン条約議定書(1996年),バーゼル条約(1989年)が挙げられる。

table2_internationa_agreements2.png 国連海洋法条約は,海洋環境保護についての一般的義務を定めているが,プラスチックごみを規制していない。ロンドン条約議定書は,海洋へのごみなどの投棄を規制する条約で,プラスチックごみも規制対象としている。ただ,意図的なごみの投棄を規制しているが,陸域からのごみの流れ込みについては規制していない。一方,「非意図的な」プラスチックごみに規制があるのは,有害な廃棄物の国境を越える移動を規制するバーゼル条約だ。同条約締約国会議(COP14)が2019年4~5月に開かれ,規制対象物質に「汚れたプラスチックごみ」を追加した。ただ,これは「汚れたプラスチックごみ」の輸出入を規制するもので,プラスチックごみの環境中への排出は規制していない。そのような中,COP14では,環境中へのプラスチック廃棄物とマイクロプラスチックの排出を抑制し,長期的にはゼロを目指すため「プラスチック廃棄物パートナーシップ(Plastic Waste Partnership)」を設立した。これには政府や民間会社,市民などのあらゆる主体が参加できるという。

 拘束力がない国際的な協力はどうか。たとえば,国連環境計画(UNEP)による国際的な枠組みがある。UNEP傘下の国連環境総会(UNEA4)は20193月,海洋プラスチックごみに関して,科学的・技術的知見や各国の協力・連携の強化をUNEPに求めることなどを決めた。しかし,国際協調より自国第一主義を目指すトランプ政権の米国とロシアが反対した。高村教授は「米国とロシアの対応によってUNEA4の決定の有効性に疑問が持たれている」という。ただ,20212月に開催予定のUNEA5の議題に海洋プラスチックごみの問題が取り上げられることになっている。高村教授は「UNEA5でプラスチックごみに関する新たな国際的枠組みを作ろうという動きもある」と期待感をにじませる。

 G20大阪サミット(20196月)でも,海洋プラスチックごみやマイクロプラスチックについて,2050年までに,追加的な汚染をゼロに削減することを目指すとした。ただ,どういった具体的な対策を,いつから始めるのかは決まっていない。

 高村教授は,国際的枠組みを使って解決していくには,次のような取り組みが必要であると指摘する。

  1. 12年に1回しか開かれないUNEAに加え,海洋プラスチック汚染に関心がある国々が集まって議論する「場」の整備だ。オゾン層破壊や地球温暖化,生物多様性などの地球規模の環境問題と同じように,多国間で話し合うことが重要である。
  2. 2)取り上げるテーマを明確に設定することだ。プラスチックは先進国が多く作り使っているが,途上国も経済発展に伴い,プラスチックの生産・利用量が増えている。特に中国や東南アジア諸国,南アジア諸国でその傾向が顕著だ。海洋プラスチック汚染は世界的課題であるため,はじめは各国が「場」に参加し,取り組みやすい科学研究をテーマ(たとえば,ドローンや衛星を使ったプラスチック動態のモニタリングなど)にする。
  3. 3)循環経済(circular economy)=脚注参照=を目指す。これまでの廃棄物管理システムでは,モノは「作る使う処分する」という一方的な過程をたどった。これに対して,循環経済は,モノやその素材,資源価値をできるだけ長く維持し,かつ,廃棄物の発生を最少化してゆくといった,モノや価値が循環するシステムだ。

 高村教授や京都大学大学院地球環境学堂の浅利美鈴・准教授(環境教育)らは,海洋プラスチックごみの「ゼロエミッション」(資源の使用効率を高め,廃棄物をゼロにすること)を目指すため,有効なプラスチック廃棄物管理・削減の方策について研究を重ね,提言をまとめたいとしている。

(文責 三島勇)


脚注 カナダ・オンタリオ州が定める「Resource Recovery Circular Act(資源再生循環法)」によると,循環経済は,参加者が次のことを行うよう努める経済であると規定している。(a)原料を最少化する。(b)資源再生により物や他の資源の寿命を最大化する。(c)製品と包装の最終段階で発生する廃棄物を最少化する。