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2020.09.02

出版物の紹介:『クジラのおなかからプラスチック』(保坂直紀著)

『クジラのおなかからプラスチック』(保坂直紀著、旬報社刊)

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 小学生向けに書かれた本である。ただ、書かれている内容は、中高生はもちろん社会人が読んでも、得ること,考えさせられることが多く,海洋プラスチックごみ問題に興味はあるが、マスメディアのニュースから得た知識くらいしかなく、問題の概観を知りたいと思う人には役立つ。

 海洋プラスチック問題は,プラスチックの性質からごみの発生源,生態系への影響など,複雑な要素が絡んでいる。また,海洋プラスチックの科学研究は十分ではない。裏返せば,世界中で研究が競われている"ホットな分野"と言えないこともない。したがって,海洋プラスチックごみ問題を理解するには,問題に至った本質や経緯,今後の見通しを,科学的な情報をもとに知る必要があるだろう。

 本著は,プラスチックとは何かという基礎的な情報から、プラスチックの「優れた」性質(軽量,耐久性など)ゆえに自然界で蓄積されていってしまうメカニズム、陸域から排出されたプラスチックごみが、どんな道筋を通って、海の表層のみならず深海までにも広がり、その結果として、自然景観を台無しにするだけではなく海洋生態系を壊しているかといった現状を,手際よく情報を整理して説明している。

 こうした入門的な内容に加え,プラスチックごみ問題を大きな視点からとらえることの重要性を指摘している。たとえば,プラスチックごみ問題は「地球温暖化問題」と似ているという。今の生活は,石油などの化石燃料を燃やして,電気を作ったり,自動車に乗ったりして便利に暮らす仕組みになっていて,化石燃料を拒絶し,大昔の生活に戻ることはできない。同様に,化石燃料から作られるプラスチックは,食品包装,飲料水の容器から自動車・飛行機の部品,医療用品など幅広く使われ,生活に浸透している。これもゼロにすることは非現実的だという。

 だからといって,著者はプラスチックごみが増えていく中,何もしなくていいと言っているわけではない。「みんながすこしずつ努力して,プラスチックごみがこのさきも地球を汚していくことを,できるだけ食い止める必要があるのです」と強調する。

 そのうえで,ごみによる汚染問題を解決していく糸口の一つとして,自分たちのことは自分たちで決めるという「市民」に立ち返り、「市民」としてライフスタイル(生活様式)を見直し、プラスチックをできるだけ減らしていく必要があると訴える。プラスチック製品を使わないことを,「生活の質を下げる」という一点で受け止めると,実行は難しくなるだろう。しかし,そこに「自らが選択した」という意志が介在するならば,「市民」としてプラスチックを「使わない」行為に価値を見出せるのではないだろうか。

 海洋プラスチックごみ問題について,もう少し詳しいことを知りたいという読者には,同じ筆者による『海洋プラスチック』(角川新書)を勧めたい。

(文責 三島勇)