出版物の紹介:『海洋プラスチックごみ問題の真実 マイクロプラスチックの実態と未来予測』(磯辺篤彦著)
『海洋プラスチックごみ問題の真実 マイクロプラスチックの実態と未来予測』
(磯辺篤彦著 化学同人 1500円+税)
海洋プラスチック研究を長く続けている専門家による,一般人向けの書である。「査読を経て国際学術誌に発表した話以外は書かない。」(169ページ)と記すように,ほとんど内容がその基準に則し信頼性のある内容となっている。ただ,最後の第5章はその基準から離れ,海洋プラスチック汚染の軽減策について考察している。
著者は,関わった五島列島や伊豆諸島新島での調査研究に触れながら,プラスチックで汚染された海洋の現状を明らかにし,汚染原因となるプラスチックごみは,不用意なポイ捨てによって,川を経て海にやってくると指摘する。
また実例を挙げながらプラスチック汚染の影響を次のように触れる。プラスチックごみは,海辺に打ち上げられて景観を台無しにするだけではない。海鳥など生物は,プラスチックごみを誤食したり,それに絡まったりして被害を受けている。プラスチックごみに付着した外来種が拡散し,海洋生態系を攪乱する。プラスチックは,漂ううちに海水中に薄く拡がった「残留性有機汚染物質」などの汚染物質を表面に吸着させ,それを誤食した海鳥が汚染物質を体内に取り込んでいる。プラスチックに添加されている化学物質の中には有害なものがある。
プラスチック汚染はそれだけではない。海に出たプラスチックは微細片化して,大きさ5ミリメートル以下のマイクロプラスチックになる。マイクロプラスチックの問題を取り上げた科学論文は,1970年代から公表されているが,注目を集めることなく,その数は少なかった。しかし,ようやく日の目を見るようになり,関連論文は2000年以降に急増し,著者らも2010年前後から海に浮かぶマイクロプラスチックの調査を本格的に開始している。
調査における著者らの採取・分析の仕方はこう紹介されている。船から海面近くに浮遊するものを網ですくい取り,すくい取ったものからプラスチックを手作業で取り出し,分析機器を使って素材を判定していく。プラスチックとわかれば,一粒ずつ写真を撮り,大きさを測る。とても根気のいる作業だ。
ただ,調査方法に限界がある。マイクロプラスチックは海の表層からしか採取できない。通常使われる網の目は約0.3ミリメートルで,その網目より小さいものは取れない。このため,どれほどの微細なプラスチックが海にあるのか,また表層以外の層にどのくらいあるのかなど,わからないことは多いとしている。
このような限界はあるものの,著者らは精力的に海洋調査を続け,日本周辺の海がマイクロプラスチックの「ホット・スポット」である実態を明らかにし,南極海でもマイクロプラスチックが浮遊していることを突き止めた。
さらに,地道な調査で集めたデータなどを使ってシミュレーションを作製し,2016年から50年後の2066年において太平洋の海面近くに浮かぶマイクロプラスチックの濃度分布を予測した。私たちが今のままプラスチックを消費し続け,捨てていると,海の未来は暗いと警鐘を鳴らす。「五〇年後の八月には,日本を含む東アジアの近海や,北太平洋の中央部に,もっとも色の濃い海域が現れます。ここには,海水一立方メートルあたり一グラムのマイクロプラスチックが浮かんでいます。太平洋に浮かぶ他の懸濁粒子よりも際立って高い濃度です。」(133ページ)。
第5章「私たちにできること」においては,既存プラスチックの代替と期待されている生分解性プラスチック(環境中でバクテリアの作用に分解され二酸化炭素やほかの無機物に変わるプラスチック)への懸念を示す。国連環境計画(UNEP)のレポート(2015年)で次のような課題があると指摘されているという。(1)限られた条件(たとえば高温)で分解するもので,自然では分解しにくい(2)いずれマイクロプラスチックになってしまう(3)モラルの低下を招く(たとえば屋外で捨てることのハードルが下がり,ポイ捨てする人が増え,海洋ごみがいまより増えてしまう)という点だ。海洋プラスチック汚染の解決に「切り札」はないようだ。
著者は問題解決への道筋についてこう強調する。地球温暖化と同じく,加害と被害が重なり合い,汚染源を断てばすむという明快さはないとしたうえで,「これで解決といったゴールは,いったいどこにあるのでしょう。それでもベターな選択は,やはり科学的な証拠と予防原則に基づいた合意形成です。現代の環境問題に対する唯一の,そして確実なアプローチなのです。」(159ページ)と表わす。
本著は,海洋プラスチック研究の実態・現状や今後の課題を知り,問題解決の方法を探りたいと考える人に一読を薦めたい。
(文責 三島勇)