Columns & Reportsコラム・レポート

2020.12.01

出版物の紹介:『SDGs(持続可能な開発目標)』(蟹江憲史著)

『SDGs(持続可能な開発目標)』
(蟹江憲史著,中公新書,920円+税)

 何年か前から「SDGs(Sustainable Development Goals)」のアイコンをデザインした,カラフルな円形バッジを着けている行政関係者や経済人,研究者らと会うことが増えた。だが,「一過性の流行だろう」と冷めた気持ちで,そのバッジを見ていた。

 SDGsは2015年,すべての国連加盟国が合意し,採択された。経済や社会,環境にまたがる17の目標(goal)を2030年までに達成することを目指すとしている。加盟国すべてが賛成しているのは,これが2030年の未来のあるべき姿についての目標だけを設定しただけで,その目標達成のルールが各国の自由としているからだろう。ただ,同様に国連が主導し,法的な取り決めにもとづく仕組みである「地球温暖化防止」が迷走している様子から,SDGsも同じようなことになってしまうだろうと思っていたのだ。シニシズム(冷笑主義)であったのかもしれない。

 さらに,「Sustainable Development」(SD)という言葉がどうもしっくりこない。「持続可能な開発」と訳されているが,「開発」を進めていくためのエクスキューズで,あくまでも開発が主なのか,開発によって損ないかねない環境はどういう位置づけなのか。環境問題を取材し始めた30年くらい前から,この言葉に「違和感」を持ち続けている。一般的には「将来の世代の欲求を満たしつつ,現代の世代の欲求も満足させるような開発」と定義されている。よく考えなければ,わかったような気持ちになる。しかし何か矛盾している。現世代の欲求を満たしながらも,将来世代の欲求を損なわないように開発を進めていく? 高校生で知った,英語のことわざを思い出す。You can't have your cake and eat it. ジーニアス英和辞典では「一度に二つよいことはない」と訳されている。

 同じジーニアス英和辞典の「sustainable」には,「持続可能な」とともに「(地球)環境を破壊しない[に優しい]」とある。後者を使えば,SDは「環境を破壊しない開発」と訳せる。この方がわかりやすく,しっくりすると思うのだが。

20201201SDGs_s.jpg こうした目をもってSDGsも眺めていたため,正直なところ,それに関連した著作を取り上げるのには迷いがあった。書店に行くとビジネス書の中にSDGs関連の解説本もたくさんあった。どれも食指が動かなかったが,本著の帯に「ポスト・コロナの道しるべ」とあり,手に取ってみた。コロナ禍の今,読んでおいてもいいかというような単純な動機だった。しかし,本著の読後,これまでの「固定観念」が誤っていたかもしれないと思うようになった。

 著者はこう記す。新型コロナウイルスの感染拡大は,健康問題(目標3:すべての人に健康と福祉を)である上,経済(目標8:働きがいも経済成長も)を停滞させ,差別・格差(目標10:人や国の不平等をなくそう)を先鋭化させる。さらに,使い捨てマスク(ほとんどはプラスチック製)の廃棄(目標14:海の豊かさを守ろう)が増加し,衛生面から焼却することになると二酸化炭素を増やすこと(目標13:気候変動に具体的な対策を)になる。「この負の連鎖を断ち切ることは,すなわち,経済,社会,環境を持続可能にしていくことと同義である。」(「はじめに」ⅱ)という。新型コロナウイルス対策が起点となって,経済も地球も持続可能となり,そうした社会は,感染症が広がっても,影響を最小限にしたり,復元力が備わったりするはずであるという。つまり,問題が一つのように見えても,そこにはさまざまな問題が関係し,一つと見える問題を解決することで,関係する他の問題にも好影響を与え,社会の足腰を強くするということだ。

 現代社会の課題は複雑化し,関連性も多岐にわたっている。たとえば,海洋プラスチック汚染は,SDGsにおいて目標14に入る。しかしその範囲にとどまらない。本著は,ペットボトルを取り上げ,水を保存するにも,運ぶのにも便利であるものの,処理方法によっては廃棄物問題(目標12:つくる責任 つかう責任)や気候変動(目標13)などに悪影響を与えることを考えると,持続可能ではないと指摘する。

 SDGsでは,17の目標とそれに沿った「ターゲット(target)」(たとえば,目標14のターゲットの一つとして「2025年までに,海洋堆積物や富栄養化を含め,特に陸上活動からの汚染による,あらゆる種類の海洋汚染を防ぎ大幅に減らす。」(268ページ))が明示されている。課題が「見える化」される上,どう目標を達成していけばいいのかを多角的かつ具体的に考えやすい。また,SDGsの文脈の中で海洋プラスチックごみ問題が取り上げられることによって,社会が変わることもある。2018年1月のダボス会議で,コカ・コーラやペプシコ,エビアンなどの「グローバル企業が,2025年までにすべてのパッケージを再利用,リサイクル,堆肥可能といった素材に変えることを宣言した。」(111ページ)。

 本著は,SDGsをきっかけに社会に対して問題意識を持つにも,現存する問題にどう立ち向かい,解決への目標にどう向かっていけばいいのかを考えるには打って付けだ。また海洋プラスチック汚染を大きな視点から捉えるにも役立つ。

 最後になるが,「持続可能な開発」の定義について触れたい。2013年3月21日付の科学雑誌『ネイチャー』に再定義が公表されていることを本著で知った。「現在および将来の世代の人類の繁栄が依存している地球の生命システムを保護しつつ,現在の世代の欲求を満足させるような開発」(62ページ)とされている。旧定義よりは分かりやすいが,まだしっくりこないという感想を持ったことを付け加えたい。

(文責:三島勇)