マイクロプラスチックの人の体内への摂取と弊害は少ない?~オランダの研究者らが現在のプラスチック汚染水準からの計算結果に基づき推定
マイクロプラスチックはほとんど排出される
マイクロプラスチック(MP:大きさ5mm以下)は食事や呼吸によって人の体内に入り込んでいる。摂取量は毎日,数百個にも上るが,ほとんどが体外に排出してしまい,体内に滞留中も人にあまり影響は与えていないようだ。そうした内容の研究を,オランダのヴァーヘニング大学のアルバート・ケルマンズ教授らのチームが科学論文誌「Environmental Science & Technology」(2021年3月16日)に発表した。チームは,魚類や軟体動物,甲殻類,水道水,ボトル水,塩,ビール,牛乳,大気の9つの摂取物を介して人の体内に入るMPの割合(質量)は,同じように体内に入る無機物の粒子と比べると無視できるほど小さく,滞留中のMPから浸出される化学物質も少なく,その影響は軽微であると推定した。
ケルマンズ教授らの研究結果は,あくまでもプラスチック汚染が「現在のレベル」に収まっている場合に有効であることに注意しなければならない。プラスチックの海洋や大気への放出がとまらないままなら,その研究の有効性や妥当性は変更を余儀なくされるだろう。
MPが多い軟体動物とボトル水
チームは,8種類の飲食物の食事と呼吸によるMP曝露をシミュレーションするモデル(「プラスチックモデル」)と,食事・呼吸で摂取したMPから浸出する化学物質の移動をシミュレーションするモデル(「化学物質モデル」)を使った。データは既存の研究成果を利用し,シミュレーションによる便のMP濃度は実際のデータと一致したとしている。
プラスチックモデルによると,MP(1~5000µm)の摂取量(中央値)は,子どもと大人それぞれ1日1人当たり553個(184ng)と883個(583ng)だった。この摂取量から生体組織に蓄積するMP(1~10µm)を計算すると,1人当たり,18歳で8320個(6.4ng),70歳で50100個(40.7ng)となったとする。また,化学物質モデルによると,化学物質総摂取からみたMPの寄与度は小さいことがわかったという。
シーフードでは軟体動物のMP濃度がもっとも高く,50パーセンタイル(注)で,組織湿重量1g当たり8.07個,95パーセンタイルで同428.4個となった。甲殻類の約4倍,魚類の40倍にも達する。魚類のMP濃度は小さかった。このような違いについて,チームはこう説明する。軟体動物と甲殻類は,懸濁物食者で水中に浮遊している物質を餌にしていることから,混在するMPを取り込む可能性が高い。とくに底生性の軟体動物は,MPが高濃度で堆積している海底に生息しているとした。
次に飲料などの液体のMP濃度は50パーセンタイルで1リットル当たり125~337個と桁数は同じだったという。ただボトル水では中央値だと飲み物(ビールと牛乳)の2.5倍だった。ビールや牛乳はガラス瓶やアルミニウム缶,紙製容器に詰められているため,ボトル水のMPは主にプラスチック容器材から発生しているとチームは推測している。
さらに食塩はMP濃度が1kg当たり,50パーセンタイルと95パーセンタイルでそれぞれ1290個と119000個だった。
他方,呼吸によって摂取されるMP(1~10µm)濃度は,大気1立方メートル当たり,50パーセンタイルで36.3個,95パーセンタイルで19000個とする。質量で見ると95パーセンタイルでは大気1立方メートル当たり約0.001µgであったという。
WHO(世界保健機関)は,屋外の大気汚染によるPM10(10µmより小さな粒子状物質)の摂取を年平均で大気1立方メートル当たり20µg未満に抑えるべきだとしている。WHOのデータ(2018年)によると,PM10のレベルは世界平均72µgで,もっとも少ないといっても欧州の高所得国の22µgだった。
こうしたことから,95パーセンタイルでさえMP濃度の寄与度はPM10全体のレベルと比べれば無視できるほど小さいとチームは結論付けた。
MP摂取は大気からが多く,魚類からは少ない
チームは人が一生を通じてのMP曝露については次のように示す。
9つの摂取物を通した1日1人当たりのMP摂取量を見積もると,中央値で,子どもで553個,大人で883個となった。摂取の寄与度(中央値)で高かったのは大気で,質量で見ると1日1人当たり1.07×10のマイナス7乗(0.000000107)mgとなった。大気中にあるMPはサイズが1~10µmと比較的小さいが,摂取量はほかの摂取物より多い。摂取量は,95パーセンタイルでは,ボトル水がもっとも多く,1日1人当たり1.96×10のマイナス2乗(0.0196)mgであった。魚類の摂取量(中央値)はもっとも低く,3.7×10のマイナス10乗(0.00000000037)mgになったという。
「毎週クレジットカード1枚分の摂取」は誇大
9つの摂取物の総計でみると,MP(質量)を,1日当たりで子どもが1.84×10のマイナス4乗(0.000184)mg,大人が5.83×10のマイナス4乗(0.000583)mgを摂取しているという。世界自然基金(WWF)が,チームが使ったデータの一部である1日1人当たりの摂取量(約700mg)をもとに,人は毎週,クレジットカード1枚の重さ(5g)分のプラスチックを摂取していると報じていることについて,チームは,WWFが使った数値は,観測値分布の99パーセンタイルを超えた場合のもので,平均的な人の摂取量とはかけ離れていると批判する。
チームは,食料に含まれる他のマイクロサイズとナノサイズの粒子として,二酸化チタン(白色顔料,磁器材料,紫外線防止化粧品などに用いられる)やケイ酸塩(ガラス・陶磁器類の材料となる)を挙げる。二つの物質の食事から摂取量は,英国の数値だが1日1人当たり約40mgと見積もられている。今回の研究のMP摂取量はこの数値の0.001%であるとチームは強調する。とはいえ,これは単に量的な比較であり,毒性については同じではないことに留意が必要としている。
便のMPの見積もりと実際のデータが一致
さらに,チームは,人間の平均寿命を70年として,この期間に消化器や生体組織,便にMPがどのくらい蓄積されるかを,肝臓で解毒作用をする胆汁の多寡(ゼロ,最小,中間,最大)で分けて検討した。その結果,胆汁ゼロの場合でも,70年間で体内に残留した量は,生体組織において1人当たり5.01×10の4乗(50100)個,0.041µgだった。
チームの見積もりでは,消化器(定常状態)の残存MP量(中央値)は,1人当たり,子ども(18歳)で約300個,大人(70歳)で約500個,質量換算で7.98×10のマイナス4乗(0.000798)~1.59×1.59×10マイナス3乗(0.00159)µgの範囲だった。便のMPについては過去の研究があり,33~65歳の便から見つかったMP(50~500µm)の中央値は,便1g当たり2個であった。モデルによるMP量はこの量の約7%分に過ぎないとするが,今回の研究で考慮された飲食物は平均的な食事の20%分の量であることからすれば合理的な範囲にあるとしている。
MPから浸出した化学物質は微量
チームは,化学物質モデルから,MPから浸出した4つの化学物質-BaP(ベンゾ(a)ピレン)とDEHP(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル),PCB(ポリ塩化ビフェニル)126,鉛-の生体組織への蓄積は,無機物の粒子と比較すると無視できるほど少ないとしている。
そのうえで次のように指摘する。従来のリスクアセスメントは,MPを化学物質の運搬因子として評価する際,MPから化学物質が瞬時に100%浸出すると想定している。一方,この研究では,MPからの化学物質の曝露を確率論的に評価するアセスメントを採用したという。チームは,化学物質摂取におけるMPの寄与度は,代表的な化学物質4種に関しては無視できるほど小さく,したがってMPから浸出した化学物質は人に与える影響は少ないと見る。
ただ,チームは今回のモデル計算の限界も認めている。MPの生体内分布はいまだにわかっていないため,この研究では生体組織に蓄積した1~10µmの大きさのMPについての計算値を全身に関連付けて当てはめたとした。
そのうえでチームはこう記す。MPが体内に滞留する場合,特定の組織に集中するかもしれない。銀ナノ粒子が肝臓と脾臓で集積しているという研究がある。これにならい,MPが肝臓に集積すると仮定し,胆汁排出がない場合,生涯の蓄積量が1リットル当たり最大で0.025µgになると見積もった。
最後にチームは次のように主張する。今のところ,ほかの食料に関するMPのデータが不足しているため,今回のMP摂取量は,平均的な日々の消費食料(質量)の約20%分で見積もられている。調査数が少な過ぎて今回の研究では使っていない,果物と野菜からのMP量をたとえ考慮したとしても,摂取する無機物の質量の0.004%に過ぎないとみる。
プラスチック汚染の"免罪符"ではない
ケルマンズ教授らの研究は,現時点においてMPの人の体内への摂取と弊害は問題となるようなレベルではないと示唆した。だが,世界のプラスチック生産量・廃棄量は増え続けている。たしかに,先進国ではプラスチックごみが適正に管理されているかもしれない。しかし発展途上国では適正管理は十分とは言えず,プラスチックごみに囲まれ,汚染された水を飲むような暮らしをしている人が少なくないのも事実である。発展途上国の人たちは,今回の研究の上限のMP量に曝された生活をしているのかもしれないのだ。
私たちは,この研究成果を,プラスチック汚染の"免罪符"にするのではなく,MPの議論・研究をさらに深める契機としなければならないだろう。
(文責:三島勇)
注) パーセンタイル: 計測値の分布(ばらつき)を小さい数値から大きい数値に並べ変え,パーセントで表示することで,並べ変えた計測値のどこに位置するのかを測定する単位。たとえば,50パーセンタイルであれば,最小値から50%に位置する値で,中央値に等しい。90パーセンタイルなら90%,95パーセンタイルなら95%に位置する値を指す。