プラスチックの主な汚染源は小規模な河川?~欧州の研究者らが指摘
プラスチックの海洋流出量の80%は,小規模河川を含む1000を超える河川から運ばれているという研究成果を,環境NGO「オーシャンクリーンアップ」(本部・オランダ)のルーレンス・メーゲル情報監視責任者らの研究チームがまとめ,科学誌「SCIENCE ADVANCES」(2021年4月30日)に発表した。従来の研究では,プラスチック流出量の大半は,揚子江などの大規模河川が主な起源であると推定していたが,メーゲルらの研究は,小規模河川も含めた数多くの河川がプラスチックを運び,海洋に流出させているとみている。
この研究成果は,わたしたちの身近な河川が海洋のプラスチック汚染に果たしている役割の大きさを改めて指摘するもので,プラスチック排出抑制策の計画・履行に役立てられることが期待される。
これまで,海洋へのプラスチック流出量について,オーシャンクリーンアップなどの研究チームが科学誌「NATURE COMMUNICATIONS」(2017年6月7日),ドイツの研究チームが科学誌「Environmental Science & Technology」(2017年10月11日)にそれぞれ成果を報告している。前者によると,プラスチック流出量は年間115万~241万トンと推計し,そのうちトップ10の河川が50~61%を占めている(表1参照)。後者は,41万~400万トンと見積もり,そのうち88~95%がトップ10の河川によるものとみている(表2参照)。
この2つの研究の特徴についてメーゲルらのチームはこう指摘する。(1)河川流域内でのプラスチックごみ発生量を推測する,観測指標に頼っていたこと,(2)プラスチックごみ発生の空間分布の違いや寄与(河川流域の気候や地形の違い)を考慮していなかったこと,だ。これらの推測は,次の3つの値についてはよい相関関係を示していた。(a)河川表層で採取されたマイクロプラスチックの濃度,(b)適切に処理されていないプラスチック廃棄物(以下,「MPW」と言う)の国家統計,(c)人口密度,である。この相関関係に基づいて生まれた経験的な手法を,データのない他の河川にあてはめ,演繹的な推測を行った。
両研究の手法は,プラスチックごみの大きさや場所による量の多寡についての推測を初めて示したが,淡水環境でのマクロプラスチック(大きさ数十mm)のデータの少なさも課題として強調された。データを校正するため,河口での標本採取は常に行われていたわけではなく,また,観測は同一基準で行われるべきなのに,船や橋の上から網を使って水面のプラスチックを採取する手法がバラバラであったといった課題もあった。
淡水のプラスチック汚染物を網で水面からすくう採取手法は,マイクロプラスチック汚染物(大きさ5mm以下)を観測するには最適かもしれない。しかし,大きさ数十mm以上のマクロプラスチックについては,質量でプラスチック流出量のほとんどを占めるにもかかわらず,評価は過小になってしまう。なぜなら,網の開口部の大きさや,くみ上げるポンプの口径に関するくみ上げ容量の限界から,十分な標本量が採取できないためであるとしている。
一方,橋の上からの目視観測からは河川に浮遊するマクロプラスチック量とより一致するデータを得られる。ここ数年,各大陸の河川で浮遊するマクロプラスチックの流出量を測る,息の長い目視観測活動の成果が利用できるようになった。世界的にみると,これらの研究は,数値モデルが予測するアジアの河川の特異的なプラスチック流出量の多さを観測結果として裏付けるという。
しかし,地域的にみると,これらの観測成果は理論式との乖離があることも報告されている。マクロプラスチックの流出量を適正に見積もるには,現行モデルを見直し,河川の流域地形や土地利用,気候条件を取り入れた新しい手法の開発が強く求められているという。
この研究の新規性
チームはこの論文で,河川のマクロプラスチックの流出量の評価する新しいモデルを提示する。新モデルは,(1)最新のマクロプラスチックの多くの観測値,(2)新しく開発した分散確率モデルでより正確に,プラスチックごみ輸送のメカニズム(たとえば風,雨水,河川流量)や,それぞれの流域ごとの土地の利用,傾斜の相違,地中と河川のプラスチックの保持力,を取り入れたとする。ただマイクロプラスチック(大きさ5 mm以下)の輸送については含まれていない。
このモデルの設計は?
河口からのプラスチック流出量は,MPWの蓄積量にプラスチック流出率をかけ合わせて計算したものだ。プラスチック流出率は,降水量と風による「輸送」,土地利用・傾斜・河川からの距離による「河川までの輸送」,河川次数(河川系の分岐レベル)・河川流量・河口までの距離による「海洋までの輸送」をもとに算出される。算出数値は過去のデータセットと比較し校正されたとする。
プラスチックは河川からどのくらい流出していると推定されたか。
100,887河口のうち31,904地点からプラスチックごみが2015年1年間で100万トン(80万~270万トン)流出していた。年間の平均プラスチックごみ量が0.1立方メートル/秒以上の河川であれば,このモデルで扱われ,プラスチック流出量が年間10万トンを超えるとプラスチック流出河川に計上される。
過去の2つの研究では,地球上の全流出量の80%が,それぞれ47河川と5河川を起源としたのに対し,新モデルでは,1656河川が80%を占めていることが判明したという。一般的に,土地が主に「人工物に覆われている」流域は,主に「耕作地されている」流域より,流出割合が高くなり(13%と2%),また,海洋へ流れ出るプラスチックが数多く観測され,モデル計算の流出量も多い(15%と3%),とチームは指摘する。
具体的にはどういうことか
インドネシアのチリウン川と西ヨーロッパのライン川を比較している。ジャワ島のチリウン川流域(591平方キロメートル)は,ライン川流域(163,000平方キロメートル)より圧倒的に狭い。プラスチックごみの発生量は少ない(34,440トン/年に対して19,590トン/年)が,流出量は二桁多い。チリウン川は観測値で308トン/年,モデル計算値で205トン/年である一方,ライン川は観測値3トン/年,モデル計算値5.4トン/年である。この相違は,2つの流域の地形と気候とごみ発生の空間寄与度の違いが要因であるという。
チリウン川流域では,河川網から平均1キロ,海から29キロの地点でプラスチックごみが発生している。ライン川流域では,おおむね,河川網と海から大きく離れた地点(河川網からは平均5キロ,海からは平均1021キロ離れた地点)で発生している。チリウン川流域の年間降水量は2445mmで,ライン川流域の950mmの2.5倍以上もあり,移動するプラスチックごみ量を増大させている。このため,プラスチックごみがチリウン川流域の河口への到達率の平均は,ライン川が0.04%であるのに対して15.7%にもなるという。
河川の規模はプラスチックごみの流出量にどう関係しているか。
チームは,流出量の80%を占める1656の河川を,<クラス1>10立方メートル/秒以下,<クラス2>10から100立方メートル/秒,<クラス3>100から1000立方メートル/秒,<クラス4>1000から10,000立方メートル/秒,<クラス5>10,000立方メートル/秒以上,と流量別に5つのクラスに分ける。
<クラス1>の830河川が全流出量の30%を占め,中規模河川の<クラス2>の582河川と<クラス3>の211河川は計47%となった。他方,大規模河川の<クラス4>の27河川と<クラス5>の6河川の河川数(2%)と合計流出量(1%)からみると,いずれも小さい。流出量の残る20%分は,30,248河川によるものだが,河川ごとの流出量(92トン/年以下)は微少だ。このことから,チームは,小規模と中規模の河川で抑制策を実行すれば,海へのプラスチック流出量をかなり減らせると示唆する。
では,国別のプラスチックごみ流出量はどうか。
チームは,全世界で発生するMPW 6750万トンの1.5%(範囲1.2~4.0%)分が1年間に海洋へ流入すると見積もった。国別にみると,海岸線の長さに比べて比較的陸地面が小さく,降水量の多い国ほど,海洋プラスチックを生み出しやすい。とくに,カリブ海のドミニカ,また熱帯諸島のインドネシアやフィリピンにおいて,それぞれ3.2%と6.8%,8.8%と,海洋への廃棄プラスチックの漏出率が高い。
なぜか。MPWの蓄積量が同水水準であるが地形・気候条件が異なる国と比べても,これらの国々のプラスチック流出量は多過ぎる。マレーシアは,MPWが中国の10分の1をさらに下回る(中国の1280万トン/年に対して80万トン/年)。しかし,海へ漏出するプラスチックごみはマレーシアが9.0%である。中国はたった0.6%だ。
表3を参照してほしいが,モデル計算によると,流出量がもっとも多い国は4820河川を有するフィリピンだ。MPWの8.8%に当たる年間35,637.1トンを流出させている。次いでインドが1169河川から年間12,651.3トンを流出させている。3位のマレーシアは,1070河川から年間7309.8トン,4位の中国は,1309河川から年間7070.7トンを流出させている。ちなみに日本は,流出量が年間1835トンで,MPWの海洋への漏出率が5.1%と見積もられている。
現実世界への貢献
この研究成果は現実世界ではどのように役立つのだろうか。チームは,プラスチックごみの削減戦略を進めるうえで,抑制計画の優先順位の決定と実際の行動を決めるのに重要になるとみている。プラスチックごみの流出ポイントの数が世界中に予想以上に多くあったという結果は,数少ない大きな河川だけでなく身近な小・中規模河川にも焦点を当て,水環境においてマクロプラスチックごみの防止や削減,回収の取組みが世界的に必要であることを示した。
また,小・中規模河川がプラスチック流出量の大部分を占めていることに加え,ほとんどのプラスチックごみ(98.5%)が陸域環境に蓄積し,内陸(水生)の生態系を徐々に汚染していることも示唆した。そのうえで,チームは,MPWはほとんどが陸域で発生し,残留しているため,まずは陸域におけるごみの削減,回収,処理を進めるための防止・抑制規制,加えて清掃が当然のことながらプラスチックごみの河川への流出削減に最大の効果をもたらすだろうと指摘する。
ところで,海洋へのプラスチックの年間流出量は,メーゲルらの研究と過去の2つの研究のいずれも同じ桁である。しかし,メーゲルらの研究は,流出ポイントの幅広い分布をもとに流出量の河川ランキングを塗り替えた(表4,1,2参照)。1位はフィリピンのパシッグ(Pasig)川となった。モデル計算によるパシッグ川流出量は,観測値と比べる過大になっているが,観測が水量の少ない乾季(2019年)に実施されているためであるとしている。
2つの従来研究でプラスチック流出量が最大とされた揚子江(Yangtze)は今回のモデル計算では64位となった。揚子江の集水地域は,MPWが特段に多い流域の一つである。しかし,プラスチックごみの発生源から河川と海洋までの距離はいずれもかなりある。したがって,新モデルによると,プラスチックごみは比較的少量だけが揚子江に流出し,さらにそのわずかな量が海洋に流出するとみる。チームは,マクロプラスチックの目視観測に基づいてモデルを較正しているが,先に示されたようにマイクロプラスチックの輸送は考慮していないという。ただ,全河川のマイクロプラスチック流出量はマクロプラスチック流出量の見積もり(47,000トン/年)より数桁小さいと既存の研究で示されている。
今回の研究は河口31,904地点のデータセットと地点ごとの流出量を見積もっている。最適に較正されたモデルで予測された個々の河川の流出量の数値は,実地調査の結果次第で精度を向上させることができる。
こうして得られたデータは,研究者だけでなく国や地方自治体,環境NGO,市民などが利用し,身近な河川の汚染を防止・抑制に役立てることができる。そうした活動の結果として海洋のプラスチック汚染の低減につなげたい。
海洋プラスチック汚染などの環境問題には一般市民が多く関心を持ち,改善に取り組んでいる。市民の参加によるデータ提供があれば,研究もより正確に,最新の結果が得やすくなる。研究材料に耐えうるデータの計測,取得方法を市民の間に広め,得られたデータをもとにした研究の進展とその成果の伝達,政策の立案や推進,現場での活動と観測というサイクルを円滑に循環させていくことは,重要かつ有意義であると考える(プラスチックごみ調査の市民参加は「FSI海洋ごみ対策プロジェクト」でも重要なポイントと捉え,具体的な市民参加の手法を研究している)。
(文責:三島勇)