Columns & Reportsコラム・レポート

2021.10.18

出版物の紹介 『海の歴史』(ジャック・アタリ著)

『海の歴史』
(ジャック・アタリ著,林昌宏訳 プレジデント社刊 2300円+税)

20211018top_image.png 海から眺める文明史である。寡聞にして類書を知らない。好奇心にかられ,ページを繰るといきなり刺激的な言葉が目に入る。

 「海には,富と未来のすべてが凝縮されている。海を破壊し始めた人類は,海によって滅びるだろう。」

 海は,人類史において重要な役割を果たしているのに,正当に扱われていない。現代人は,海を遠い存在と思い,海底より宇宙の探査に魅力を感じている。それは偏った考えだと指摘する。われわれは海のことを知らないから大切にしない。だから,海からの恵みを収奪し,海を汚染し,海を殺そうとしている,と"告発"するのだ。海を粗雑に扱う人類を,母親に少しずつ毒を盛る子に譬える。母親を殺せば子自身も死んでしまうのがわかっていながらそうする不条理な状況こそ,人類が海に行っていることだと痛烈に批判する。

 こうした認識のもと,アタリ氏は,宇宙と水の誕生から始め,海中の生命の陸地への進出,人類の進化,海を介した文明の進展,化石燃料をめぐる海の支配,そして現代の海のグローバリゼーションを読み解き,今日の漁業や自由というイデオロギーの源泉,近未来の経済や地政学の側面から「海」の意義を照らし出す。

 近未来の先の「未来」はどうなるのか。海が吸収しきれない人類起源の二酸化炭素や海の酸性化,地球温暖化により上昇する海面水位,海の生物多様性の喪失などといった「大きな負荷」(現状でもすでに進行している)を示すが,その中にはプラスチック汚染も含まれる。

 大量に生産・廃棄されるポリ袋やペットボトル,マイクロビーズ,たばこの吸い殻,合成繊維に用いられているプラスチックの微粒子(*)などのゴミが海に流れ込んでいる。プラスチックのリサイクル過程でも微粒子は生じ,海塩にもプラスチックの微粒子が含まれているなどといった現状を示す。海に流出したプラスチックは,微粒子となり,食物連鎖によって海洋生物に移行し,人が食事を介して飲み込む。ヨーロッパ人はムール貝や牡蠣を食べることにより,毎年平均1万1千個のマイクロプラスチックを飲み込んでいるとした上で,ほとんどが人体に影響を及ぼすことなく排泄されるだろうが,一部は人体組織に蓄積されると指摘する。生物の体内に蓄積されたプラスチックの影響はまだわからないが,きわめて多くの海洋生物種の生殖能力や免疫システムに悪影響が及ぶと思われると推定している。「人間に関しては,ナノプラスチックが人体におよぼす具体的な影響はまだ確認されていないが,ヒトの細胞にとって危険であることは間違いない。」と述べる。

 プラスチック汚染を含む海の危機に対してわたしたちはどうすればいいのか。アタリ氏は次のように言う(主にプラスチックに関係した点の要点だけを示す)。

<個人>
▽ポリ袋,プラスチック製の容器,皿,フォークとナイフなどは避ける。
▽プラスチックをリサイクルしてつくった衣服は購入しない(最初に洗濯すると大量のプラスチック微粒子が下水に流れ込むからだ)。

<メディア>
▽当たり障りのないニュースを配信するのではなく,長期的な課題に人々の注意を喚起し,将来世代の利益を考慮する情報を提供する(本著ではこれを「ポジティブ・メディア」と呼んでいる)。

<企業>
▽エコ概念を持ち,生み出すゴミがリサイクルされることを前提に生産活動をする。すべての製品の材料や梱包材からプラスチックの利用を減らす。
▽プラスチックのゴミを回収する収益力あるプロジェクトを打ち出す。

<各国政府>
▽プラスチックのゴミの排出量を減らすために法規制と租税措置を取る。
▽産業界のリサイクルを監督する(たとえばプラスチックを合成繊維としてリサイクルする場合は注意が必要だ)。

<国際社会>
▽学校教育において海洋に関する正しい知識を授ける。海に関する研究調査を行い,海洋の正しい管理法を周知させる。
▽海に投棄されるプラスチックのゴミの量を減らす(これまでに実施された多くの対策は効果を発揮していない)。

<世界海洋機関(WOO:World Oceans Organization)の創設>
▽漁業に対する監督権と,密漁を阻止し,プラスチックのごみを減らすための手段を付与する。

 アタリ氏は「人類の未来はきわめて貴重な海洋資源を慎重かつ謙虚に共同管理するという,われわれの能力にかかっている。われわれは束の間の庭師のような存在でしかないのだ。そして地球は,宇宙という荒波を漂う船のようなものなのだ。」と人類の責任の重さを指摘して締めくくっている。

 本著は,政治・経済・文化に精通し,ソ連の崩壊や金融危機の勃発などを予測したアタリ氏が,海と人類の関わりの概観を素描し,人類による海への危機とは何か,それにどう対応していけばいいのか,という道標を提示している。また,海は人類の進歩と密接不可分であり,人類の現在,未来の鏡であることを強く意識させてくれる。

(文責:三島勇)


合成繊維に用いられているプラスチックの微粒子(*)
 評者注:合成繊維の原料として使われるレジンペレット