新型コロナウイルスの医療プラごみが海洋に蓄積し,生態系に悪影響を与える?~中国と米国の研究者らがモデル計算から推定
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)では,医療用の使い捨てマスクや手袋は人の命と健康を守るためにはなくてはならないプラスチック製品であると改めて認識させられた。しかし,医療用プラスチック製品などの需要が急増し,それに伴うごみの排出は,コントロールの効かなくなっているプラスチックごみ危機をさらに悪化させている。パンデミックの収束が見えない中,この影響は今後も大きくなると予想されるが,パンデミック関連の未管理ごみの量と行方(末路)は現時点ではわかっていない。中国の南京大学と米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校の研究者らのチームが,このプラスチックごみの海洋影響を数学的モデルで調べ,その成果を学術雑誌「米国科学アカデミー紀要」(2021年11月8日)に公表した。
研究チームは,パンデミックの始まりから2021年8月23日時点までに,193か国からパンデミック関連プラスチックごみが840万トン発生し,うち25900トン(全世界の河川からの排出プラスチックごみの1.5%を占める)が海洋に流出したと算出した。この数値を使ってモデル計算したところ,ごみの空間分布は3年内で急速に変化し,ごみの大部分は海岸と海底にたどり着き,また最終的に北極圏内で極地方を循環するプラスチック蓄積帯が形成されるという予測結果となった。パンデミック関連の全世界のプラスチックごみは,73%が病院からのごみで占められ,72%がアジアからのものである。
医療・公衆衛生系のプラスチック製品が海に流れ込む
研究チームの問題意識はどこにあるのか。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックにおいて,プラスチックの役割は医療と公衆安全衛生の分野において不可欠であることが明らかになった。感染者とウイルス検査の急増で医療プラスチックごみが増えた。個人保護具(フェースマスク,手袋,フェースガードなど)の膨大な需要に応えるため,使い捨てプラスチックを規制する法律の多くが撤回,あるいは先送りされた。さらに,ロックダウンやソーシャルディスタンス,集会制限のため,オンラインショッピングへの依存がこれまでになく高まっている。
残念なことだが,プラスチックごみ処理はプラスチック製品の需要増加に追いついていない。大流行地ではそのごみの処理に苦慮しており,使用済みの個人防護具や包装容器材がすべて処理・リサイクルされているわけではない。不適切に管理されたプラスチックごみはすぐさま環境に放出され,その一部が海洋に排出されている。排出プラスチックは海洋を長距離運ばれ,海洋野生生物と遭遇して潜在的に,けがを負わせ,そのうえ死に至らしめることにもなりかねない。たとえば,2020年に156万枚のフェースマスクが海洋に流れ込んでいるという最近の報告がある。また,新型コロナウイルス感染症関連のプラスチック汚染と海洋生物への影響の潜在的な問題を指摘する研究もある。海洋生物が新型コロナウイルス感染症関連ごみに絡まったり,閉じ込められたり,摂取したりする-その結果死に至る場合もある-ケースがいくつか報告されている。こうしたごみは外来種を他地域に侵入させる手段となったり,新型コロナウイルスを含む汚染物を他の場所へ広げる媒介となったりする。こういった潜在的な悪影響があるにもかかわらず,パンデミック関連プラスチックごみの全量と,環境と健康への影響はほとんどわかっていない。そこで,研究チームはパンデミックにより追加的に放出された(超過分の)プラスチックの(1)海洋流出量(2)長期にわたる行方(3)潜在的な環境生態系リスク,を評価した。
不適切管理プラスチックごみの発生
このパンデミック期間中に関連の不適切管理プラスチックごみはいったいどのくらい発生したのか。研究チームはこう説明する(表1)。
パンデミック期間中に発生した超過分の不適切管理プラスチックごみは,今年の8月23日時点で440万~1510万トンと推計されるが,異なる仮定によるいくつかのシナリオの平均値である約840万トンを我々の最適な見積もりとした。超過ごみの87.4%は病院から出たもので,感染者数と各国の患者1人当たりの医療ごみの発生量をベースにして推計している。個人が使った個人防護具の使用量は全超過ごみのたった7.6%でしかない。興味深いことに,オンラインショッピングの急増は包装容器材の需要を増やしたが,包装容器は検査キットとともにごみの発生源としては小さく,包装容器は4.7%と検査キットは0.3%を占めるに過ぎない。
表2の通り,新型コロナウイルス感染者の約70%は南北アメリカとアジアで確認されている。しかし,不適切管理プラスチックごみの発生は感染者数分布と一致していない。不適切管理プラスチックごみは最多がアジア(46%)で,欧州(24%),南北アメリカ(22%)が続いている。どうしてなのか。医療ごみの処理水準が,インドやブラジル,中国などの発展途上国で
は,北アメリカと欧州で数多くの感染者を抱える先進国(たとえば米国とスペイン)と比べ低いことが反映しているからだ。個人防護具から発生する不適切管理プラスチックごみは,フェースマスクを着けている人が多いアジアに偏っている。同様に,オンラインショッピングの包装容器からのごみの発生もアジアがもっとも多い。たとえば,宅配業界の世界的シェア上位3か国は中国(58%),米国(14.9%),日本(10.3%)。英国(4%),ドイツ(4%)が続く。
医療プラスチックごみの河川排出
不適切管理のごみのうち,どのくらいが海洋に流れ込んでいるのだろうか。
各国のパンデミック関連の不適切管理プラスチックごみの発生と水文モデル(陸上における水の流れのモデル)に基づいて,プラスチックごみの排出量25900トン(マイクロプラスチック[大きさ5mm以下]12300トン,マクロプラスチック[5mmより大]13600トン)が主な369河川とその流域から海洋に流れ込んでいると推計した。調査した369河川(海に河川経由で流れ込んだプラスチックごみの91%を占める)は,全パンデミック関連プラスチックごみの大部分も取り込んでいるのは確実だろう。パンデミック関連のプラスチックごみを排出する河川のトップ3は,シャットゥルアラブ川(5200トン,アジア(イラン・イラク)),インダス川(4000トン,アジア(インド,パキスタン)),長江(3700トン,アジア(中国))。ガンジス・ブラマプトラ川(2400トン,アジア(中国,インドなど)),ドナウ川(1700トン,欧州(ドイツ,オーストリアなど)),アムール川(1200トン,アジア(ロシア,中国))が続く。
全般的に見ると,パンデミック関連プラスチック排出量は,河川のトップ10で79%,トップ20で91%,トップ100で99%を占める。プラスチックごみの排出量の約73%がアジアの河川からで,欧州11%が続く。ほかの大陸からは少ない。これは不適切管理プラスチックごみの発生分布とは違う傾向にある。なぜなら海洋へプラスチックを輸送する能力-流出率(各河川の流域で発生する不適切管理プラスチックごみの発生量と河口におけるプラスチック排出量の比で表す)で計れる-がそれぞれ違うからだ。流出率は河川沿いのプラスチック放出分布と河川の物理的条件(水の流量,速度など)などの要因に左右される。流出率の河川のトップ5は長江(0.9%),インダス川(0.5%),黄河(0.5%),ナイル川(0.4%),ガンジス・ブラマプトラ川(0.4%)だ。この5つの河川はいずれも河口付近の人口密度が高く,流量が多く,水の速度が速い,つまりこれらが組み合わさって流出率が高くなっている。アジアの川で,パンデミック関連の不適切管理プラスチックごみの発生と流出の量が増えると,海への不適切管理プラスチックごみの排出が多くなるのだ。
不適切管理プラスチックごみの行方~海洋表面から海岸,海底,そして・・・
研究チームは,海洋環境への影響を数値化するために,南京大学と米マサチューセッツ工科大学の大気・海洋循環プラスチックモデルを使って,25900トンのプラスチックごみの輸送と行方(末路)をシミュレーションした。このモデルはプラスチックが海水において受ける主要な作用-プラスチックの海洋における(海岸への)打ち上げ,漂流,沈降,生物付着・剥離,摩耗,破砕を考慮している。モデルによると,河川から海洋に排出されたプラスチックは3年以内に海洋表面から海岸と海底に移行する。2021年末には,海水中と海底,海岸のプラスチックの質量割合がそれぞれ13%と16%,71%と推定される。プラスチックの約3.8%は海洋表面にあり,全地球の平均濃度は9.1kg/平方キロメートルと推計。また,排出されたプラスチックは主に発生源-東南アジアや南アフリカ,カリブ海沿岸諸国に分布する中緯度と低緯度の河川-に比較的近い海域にあると示唆する。プラスチックの海岸への打ち上げ・沈降の流束(flux)は主に大河川の河口近くにみられ,パンデミック関連プラスチックの短期的な影響は沿岸の環境に限られるとも示す。
しかし,この影響は3~4年で外洋に広がる可能性がある,とモデルは示唆する。プラスチックの質量割合は,海水中では時間を追って低下し,海底と海岸では少しずつ増加すると推測される。2022年末には,海水中と海底,海岸における排出割合はそれぞれ5%,19%,76%と推定され,海洋表面の平均濃度は3.1kg/平方キロメートルと急減する。2025年には,亜熱帯循環(風によってできる海洋の流れ。太平洋に2つ,大西洋に2つ,インド洋に1つ)の中央にそれぞれ1つ,計5つの「ごみベルト」が現れ,堆積流束のホットスポットも北大西洋の高緯度と北極海に出現すると予測される。
プラスチックごみは数年という短期間で地球全体の海に拡散する。では,長期的にみると,このごみはどうなっていくのだろうか。その影響はあるのだろうか。モデルはこう示す。
今世紀末には,パンデミック関連プラスチックは最終的に海底(28.8%)か海岸(70.5%)のいずれかに到達し,おそらく深海底の生態系を潜在的に害することになる。2100年には,パンデミック関連プラスチックの平均濃度は海洋表面で0.3kg/平方キロメートル-排出プラスチック全質量の0.03%に当たる-に減少すると予測する。しかし,北東太平洋と南東インド洋上に2つの「ごみベルト」が依然として存在し,その周辺の生態系にリスクを永続的に及ぼすという。マイクロプラスチックとマクロプラスチックの行方は似ているが,移動のしにくさからマクロプラスチックの大部分は海岸にたどり着く。
北極海は,熱塩循環(海水の密度が水温や塩分濃度によって変化して引き起こされる地球規模の海洋循環。海水全体の90%に影響を及ぼす主要な流れ)の北方向の分流のため,プラスチックごみ輸送の行き止まりになるだろう。北極海に流れついたプラスチックごみの約80%はすぐに沈降し,2025年までに極地方を円状に囲むプラスチック蓄積域が形成される。この年には北極の海底に沈みこんだプラスチック量は全地球のプラスチック堆積流束の13%を占めるが,2100年には17%に上昇するだろう。北極の生態系は,厳しい環境と気候変動による高い感受性のため,追加的な変化に弱い。そのため,今後予想される蓄積されたプラスチックの曝露は一層の懸念材料になる。
ウイルスに汚染された医療ごみの問題性
このパンデミックはなかなか収まりそうもない。医療用プラスチックごみは増え続けることは確実だ。とはいえプラスチック汚染危機も放置できない。解決の糸口はどこにあるのか。
研究チームは考える。新型コロナウイルス感染症のパンデミックが収束するまでには数年はかかり,感染症を封じ込める政策が数多く実行されるだろう。感染者は控え目に見ても2021年末までに2億8000万人に達するとみられる。それによって発生するパンデミック関連の不適切管理プラスチックごみは,1100万トンに達し,その結果,海洋に河川経由で排出される量は34000トンになるだろう。
パンデミック関連の不適切管理プラスチックごみ放出量の予想値には大きな不確実性が伴う。正確なデータが不足しているからだ。河川経由で海洋に排出された不適切管理プラスチックの量も,水文モデルの解像度の粗さから不確実性をはらむ。加えて,使用した大気・海洋循環プラスチックモデルにおけるプラスチックの破砕や摩耗,浜への漂着の割合といった要因も,シミュレーション結果に大きな影響を及ぼす。しかし,たしかに不確実性はあるが,パンデミック関連の排出物の空間分布と海洋のさまざまな区域における排出物の行方についてはより確かである,と研究チームは主張する。
そのうえでこう指摘する。海洋へのパンデミック関連プラスチック排出は,河川経由の全プラスチック排出の1.5%を占める。この大部分は医療関連のもののため,潜在的に生態と人間健康のリスクを高める,つまり新型コロナウイルスを拡散する,医療ごみであるということだ。ここからごみ管理の構造改革が必要であるという教訓が得られる。使い捨てプラスチック禁止の撤回や先延ばしによって,パンデミック後のプラスチックごみ管理は難しくなるかもしれない。しかし,適正なごみ管理を行っていかなくてはいけない。そのためには次のようなことが必要である。すなわち,個人防護具などのプラスチック製品が環境に与える影響を世界中の人々に伝えていくこと,環境にやさしい材料の開発はもちろん,ごみの収集や分別,処理,リサイクルの質を高めるための革新的な技術を促進していくこと。それにパンデミックの中心地,とくに発展途上国において医療ごみ管理を向上させてくことが必要である。
プラスチックは使い勝手がよく,日用品を含めさまざまな製品に使われている。プラスチックは広く現代生活に浸透しているだけにその汚染制御は悩ましい課題だ。医療ごみはもともと,処理もリサイクルも難しいだけに,新型コロナウイルスのパンデミックで急増する医療用プラスチックごみの処理・リサイクルの難易度は,さらに高い。たとえば,ウレタンマスクや布マスクと比べウイルス防御が格段に高い不織布マスクはプラスチックが原材料だ。感染者の治療に当たる医療関係者が着ける防護服や手袋などもプラスチックでできている。今のところ,プラスチックを凌ぐ代替品はない。医療用プラスチック製品は,継続するパンデミックにおいても必要不可欠なもので,今後も需要は高いだろう。
医療用プラスチックのごみは,プラスチックそのものとウイルスなどの汚染という面から,プラスチック汚染問題を先鋭化させている。この困難にどう対処するか。まずは研究チームが指摘するような対処法を具体化し,実施していくしかないだろう。そしてあわよくば,その先にプラスチック汚染解決への道が現れてくるかもしれない。
(三島勇)