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2021.12.24

プラスチック生産は世界に重大な影響を環境や健康,社会経済に及ぼす~スイスの研究者がその影響の地域格差を指摘

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 プラスチックが及ぼす影響は廃棄面から取り上げられることが多い。しかし,プラスチックの生産に伴う環境と健康,社会経済への影響も大きい。中国やインドネシアなどの石炭エネルギーを基本とする(石炭ベースの)新興経済国におけるプラスチック生産が増大したことが大きな原因となって,プラスチック生産の過程で使われる石炭などの化石資源から放出される二酸化炭素と粒子状物質(PM)が増えている。この結果,二酸化炭素に含まれる炭素(カーボン)とPMが人体に与える健康影響という2つの「フットプリント」(人間活動が与える負荷という「痕跡」)が1995年から急増している。スイス連邦工科大学チューリヒ校の研究チームは,こうした内容の研究成果を科学誌「nature sustainability」(2021年12月2日)にオンラインで発表した。

 プラスチックを大量に使用するEU(欧州連合)やアメリカ合衆国などの高所得地域がフットプリントを中国などの低所得地域に「移転」し大きな利益を得ている実態を明らかにした上で,フットプリントを抑制するには高所得地域はもちろん「生産拠点」の低所得地域でも,石炭利用の段階的廃止や再生可能エネルギーへの転換,エネルギー効率の向上に取り組むなど,プラスチックのライフサイクルにおいて付加価値を生み出す「バリューチェーン」全体を通しての改善が必要だとしている。

 研究によると,炭素とPM健康のフットプリントは2015年,石炭ベースの経済国のプラスチック生産の成長を主な原因として1995年から2倍に増えた。石炭からの排出は1995年から4倍に増え,2015年にはプラスチックに関する炭素とPM健康のフットプリントのほぼ半分を占めている。中国の輸送,インドネシアのエレクトロニクス産業,インドの建設部門によるプラスチック関連「カーボンフットプリント」(carbon footprint:企業活動に伴って発生する温室効果ガスを二酸化炭素に置き換えた場合の排出量の総量)は1995年から50倍以上に増加している。

 こうしたことは何を意味しているのか。

 EUとアメリカでは,石炭ベースの国で生産されたプラスチックの消費が増え続けているが,そのプラスチックを生産するための労働者の大半(2015年で85%)が,EUとアメリカとは別の国々で雇用されている。その一方,EUとアメリカがプラスチックのバリューチェーンで生み出される付加価値の80%を占めている。これは,高所得地域が,プラスチック生産のエネルギー大量消費型の生産段階を石炭ベースの国々にアウトソーシングして「フットプリント」を移転し,自地域で最終的なプラスチック製品を製造する段階で付加価値を生み,大きな利益を得ているためだ。こうした不均衡を解消するには,バリューチェーン全体を通した再生エネルギーの投資がプラスチックの持続可能な生産・消費に欠かせないものと,研究チームは主張している。

プラスチック生産に伴うさまざまな影響

 研究チームの狙いは何か。

 プラスチックに関する研究は,多くが(マイクロ)プラスチック汚染とプラスチック焼却の環境影響に着目している。が,プラスチック生産には注意が十分に払われていない。プラスチック生産も,温室効果ガス放出が引き起こす重大な環境影響を及ぼす。またPM放出による人間への健康影響,労働者雇用と付加価値創造という社会経済的影響を与える。

 バリューチェーンは世界中に広がっている。このためプラスチックは最終的な消費国とは別の国で生産されることが多い。したがって,一国のプラスチック消費からもたらされる環境や健康,社会経済への影響は地球上のどこでも起こり得る。こうした影響を世界のバリューチェーンに関して多地域間産業連関(MRIO)分析で見積もることができる。とは言っても,プラスチックのような材料の累積的な影響を分析する際には標準的MRIO分析の結果は,(温室効果ガスの)二重計上があるため,精度に限界がある。たとえば,一次プラスチック生産とリサイクルの温室効果ガス累積排出量(アップストリームの排出量を含む)を見積もる時,一次プラスチックの一部が最終的にリサイクルされると二重計上が発生する。標準的MRIO分析では,このような一次プラスチックの排出量はリサイクル段階でアップストリームの排出量としてもう一度計算されてしまう。

 プラスチック生産における温室効果ガス排出量の実態に近づけるにはどういう分析手法を取ればいいのか。

 1995年から2030年までの世界のプラスチック生産の環境影響を見積もるために,二重計上を防ぐMRIOをベースとして精度を高めた分析方法を使い,また石炭燃焼の役割を見極めるためにそれを拡張した。その上で次の5つの点を研究した。(1)世界全体のプラスチックのバリューチェーンで発生する温室効果ガス排出量-プラスチックの「カーボンフットプリント」と言う-を見積もる。これはつまりプラスチック生産-レジン(樹脂)生産やプラスチック製品の製造,それに関連するアップストリームの生産活動を含む-の重要性を明らかにすることだ。(2)プラスチック生産のために燃料や原材料として使われる化石資源-プラスチックの「化石資源フットプリント」と呼ぶ-を分析する。(3)貿易の役割を評価するため,プラスチックの生産・消費の地域間連係を明確化する。(4)世界が国際エネルギー機関(IEA)の(地球温暖化による気温上昇を)2℃以下あるいは6℃以下に抑えるシナリオに従うという想定に基づき,プラスチックの全カーボンフットプリントの将来放出量を分析する。(5)人間の健康と社会経済への影響を概観するため,PMの健康影響と世界のプラスチック生産網で雇用される労働力,生み出される付加価値を調べる。

プラスチックのバリューチェーンのカーボンフットプリント

20211220fig1.png カーボンフットプリントである温室効果ガスは,プラスチック生産でどのくらい増えているのだろうか。

 プラスチックのカーボンフットプリントは1995年と比べて2倍となり,2015年には2G(G=10億)・二酸化炭素換算トン(以下,単に「トン」と表記する)-全温室効果ガス排出量の4.5%-に達した。カーボンフットプリントの排出増の主要因は,プラスチック生産-レジン生産やプラスチック製品の製造,それに関連するアップストリームの生産活動を含む-で使われる石炭燃焼の増加だ。プラスチック生産は,石炭ベースの排出量が1995年と比べ4倍となったため(図1),プラスチックのバリューチェーン全体のカーボンフットプリントの96%を占める。一方,カーボンフットプリントはプラスチック製品の寿命最後の段階-リサイクルや焼却,埋め立て処分を含む-ではごく少ない(2015年で6%)。この結果,2015年の石炭ベースの排出量は,プラスチック生産の全カーボンフットプ20211220fig2.pngリントのほぼ半分となった(図2)。この排出量は,主にレジン生産やプラスチック製品の製造向けの,石炭を燃焼させて供給される電気と熱によるものだ。これには世界の石炭火力発電の6%が使われていた。

化石資源フットプリント

 燃料と原材料として使われるプラスチックの「化石資源フットプリント」はどこまで増加しているのだろうか(表1)。

 図3の通り,石炭への依存が大きくなったことから,プラスチックの化石資源フットプリント-プラスチック生産のための燃料と原材料として20211220table1.png使われる化石資源-は1995年と比べて3倍となった。プラスチック生産のための化石燃料の燃焼によって温室効果ガスが2015年に1.7Gトン放出された。原材料として使われた化石資源に含まれる炭素は,それとは別に890M(M=100万)トン(2015年に生産されたすべてのプラスチックがエネルギー回収による「クレジット」(削減量)なしに燃やされたとした場合,この数量が放出されたことを意味する)と計算された。したがって燃料に使われた化石燃料の炭素量は,原材料の炭素量の2倍になる。これは,2015年に生産されたプラスチックすべてが焼却されたとすると,プラスチックの年間カーボンフットプリントを19%(350Mトン。エネルギー回収のクレジットを差し引いている)増やすことになる。つまり,すべてのプラスチックが焼却される「最悪のケースのシナ20211220fig3.pngリオ」でも,温室効果ガス排出量が依然として主に生産段階で発生することは明らかだ。

中国やインドネシア,南アフリカでカーボンフットプリントが急増

 カーボンフットプリントは世界のどこで増えているのだろうか。

中国やインドネシア,南アフリカのような石炭ベースの新興経済国におけるプラスチック生産の増大は,カーボンフットプリント増加の主要因だった。中国のプラスチック関連のカーボンフットプリントは生産と消費の両面で1995年と比べ3倍以上になっている。2015年には世界のプラスチック関連のカーボンフットプリントの40%と石炭ベースの排出の60%以上が中国で発生している(表2)。インドネシアでは,プラスチック生産向けに採掘される石炭が1995年から20211220table2.png300倍に増えている。2015年にはインドネシアの全石炭採掘量の15%が国内向けと国外向けのプラスチック生産に充てられた。2015年のインドネシア国内の全温室効果ガス排出量の10%以上はプラスチック生産による。南アフリカのプラスチック関連のカーボンフットプリントは1995年と比べ10倍になり,2015年ではその95%が国内の石炭消費によるものだった。これは,南アフリカが電気と熱の供給だけでなく原材料として石炭を使っているからだ。こうして中国や南アフリカで生産されたプラスチックのほぼ半分がEUやアメリカなどに輸出されていた。

EUやアメリカはカーボンフットプリントを"輸出"

 では,高所得地域は低所得地域にカーボンフットプリントを移転しているということなのだろうか。

 EUやアメリカのような高所得地域は,低所得地域-中国のような石炭ベースの経済国-で生産されたプラスチックへの需要の増大によって,世界のプラスチック関連のカーボンフットプリント増に大きく寄与した。プラスチック生産を低所得地域にアウトソーシングしたため,EUのカーボンフットプリントは増えているのに,EU域内の実際の温室効果ガス排出量は減った。2015年には,EUのカーボンフットプリントの3分の2は域外-主に環境政策があまり厳しくない低所得地域-で放出されていた。域外で放出されたカーボンフットプリントの割合はオーストラリアやカナダ,アメリカではさらに高かった(2015年で80%超)。アメリカの国外におけるカーボンフットプリントは1995年と比べ4倍となったが,国内の実際の温室効果ガス排出量は減少している。このため,国外で放出されたカーボンフットプリントの割合は1995年の39%から2015年の78%に上昇した。2015年のアメリカのカーボンフットプリントの3分の1は中国で生まれている。

20211220fig4.png 新興経済国は,プラスチックの輸出増に加え,自国のプラスチック需要の増大によって,プラスチックカーボンフットプリントの増加に寄与した。その要因となるのは,社会基盤や輸送システム,デジタル化の発展だ。中国の輸送システムとインドネシアのエレクトロニクス産業,インドネシアの建設部門のプラスチック関連のカーボンフットプリントは,1995年以来50倍以上増えた。図4の通り,2015年の世界のカーボンフットプリントの15%は建設用プラスチックによるもので,この排出量のほぼ半分は中国の建設部門から出ている。また,プラスチックは世界の自動車産業のカーボンフットプリントの15%を占め,そのうち3分の1以上は中国の自動車産業からのものだ。中国は,世界で電子機器に使われるプラスチックの65%を製造していたが,それらが国内で使われる割合は少なく(42%),多くは他地域に輸出された(58%)。

カーボンフットプリントは抑えられるか

 プラスチックのカーボンフットプリントは将来,増えるのだろうかそれとも減るのだろうか。

 世界がIEAの「6℃シナリオ」に従うと,世界のプラスチックのカーボンフットプリントは2015年から2030年までに31%増加する。これはつまりプラスチックの予測生産量とほぼ同じスピードで増える(+40%)ことになる。最も増加するのは,中国やインド,南アフリカのような石炭ベースの経済国と予想されるが,これら石炭ベースの経済国で生産されたプラスチックの最大消費者は,EUとアメリカであり続ける。IEAの「2℃シナリオ」に従うと,世界のカーボンフットプリントは2015年から2030年までに10%減る一方,プラスチック生産は40%増える。なぜなら再生可能エネルギー発電-主にクリーン電力-への投資とレジン生産でのエネルギー効率向上があるからだ。それでも,IEAの「2℃シナリオ」に沿ったとしても,石炭燃焼は2030年にプラスチックのカーボンフットプリントの3分の1以上を占めるだろう。このことは今後,カーボンフットプリントを削減するには石炭を急速に廃止していくことの潜在的な重要性を浮かび上がらせる。なぜなら地球の気温上昇を1.5℃以下にすることは,大きな気候関連の危険を防ぐには重要だからだ。

 プラスチックの需要が新興経済国で増えているにもかかわらず,1人当たりのプラスチックのカーボンフットプリントは高所得地域で高水準のままであり,この不均衡は今後も継続すると予測される。「2℃シナリオ」の方策が実施されることによって地域ごとのカーボンフットプリントが低下するという予測を考慮すると,特に高所得地域では1人当たりのカーボンフットプリントを削減する余地は高いといえる。これは同時に,所得差による違いも狭めることにつながる。

PMによる健康被害はアジアで主に発生している

 プラスチック生産は,その過程で温室効果ガス排出だけでなく,PMによる健康被害(PM健康フットプリント)などの影響も与えている。

20211220table3.png プラスチックのPM健康フットプリントは,1995年と比べ70%増加し,220万の障害調整生存年数(傷病や障害の程度や期間によって重み付けをした生存年数の指標)の喪失の原因となり,2015年における世界のPMの健康影響の2.8%を占める。プラスチックの生産は,2015年,温室効果ガス排出と同様,プラスチックによるPM健康フットプリントの96%を占め,そのうちの半分が石炭燃焼によるものだった。また,PM健康影響(生産)の75%は中国とインド,インドネシアなどアジア地域で起きた一方,高所得地域はこうした地域で生産されたプラスチックの消費を増やしていた(表3)。2015年にはEUとアメリカのプラスチックに関連するPM健康フットプリントの大部分(それぞれ80%,91%)は域外-主にアジア地域-で発生していた。世界のプラスチックの3分の1が高所得地域で消費されていたが,世界のPM健康フットプリントが高所得地域で実際に発生しているのは,わずか8%だった

低・中所得地域で労働者増,高所得地域で付加価値増-プラスチック生産

 プラスチック生産は負の影響ばかりでなく,正の影響もあるようだ。ただ,正の影響も地球全体で見るとバランスを欠いている。

 世界のプラスチック生産における雇用労働者数は1995年と比べ54%増えた。同時に,世界のプラスチック生産から生まれた付加価値-労働報酬(48%)と営業剰余金(40%),税(12%)-は2倍以上になった。2015年には1億600万人の労働者(フルタイム相当。世界の労働者の2.3%)がプラスチック生産関係で雇用される一方,付加価値が1兆5600億ユーロ(世界の国内総生産(GDP)の2.6%)に達した。ただ,細かく見ると,労働者数と付加価値の分布は不均一だ。つまり,労働者の90%以上は低・中所得地域で雇われているが,付加価値の半分以上は高所得地域で作り出されている。中国などのアジア諸国は労働力の大部分を占める一方,EUは付加価値の大半を生み出している。2015年,EUのプラスチック消費のために必要とする労働者は,その70%が域外で雇用されていたが,付加価値は80%が域内で生み出されていた。低賃金の外国の労働者への依存はアメリカではさらに大きく,労働者の90%が国外の人だった。これは次のようなことを意味する。すなわちEUやアメリカといった高所得地域は,プラスチック生産のバリューチェーンにおける低賃金段階を低所得地域にアウトソーシングし,プラスチックを最終製品にして価値を創造する段階に重点を置いている。

研究に残る課題

 この研究が過去の同様の研究と違う点は何か。チームは以下のように説明する。

 本研究は,プラスチック生産が石炭に強く依存しているという点を認めた上で,カーボンフットプリントの二重計上や(中国などの)石炭に依存度が高いといった地域の実情に沿ったエネルギー・ミックス(石油や石炭,水力などの発電方法を組み合わせること)を考慮した(過去の研究は世界の平均的なエネルギー・ミックスを使っている)。

 このエネルギー・ミックスを考慮する重要性はシナリオの結果にも反映される。世界の全温室効果ガス排出量におけるプラスチックの割合は,この研究で使ったシナリオでは過去の評価に比べ,いずれも減少している。理由は2つある。第一に,プラスチック生産のバリューチェーンにおいて,再生可能エネルギー技術への将来の投資が増え,エネルギー効率が改善すると想定したこと。再生可能エネルギーへの投資増とエネルギー効率向上は共にプラスチックの世界のカーボンフットプリントを減少させる重要な梃子になれる。第二に,プラスチック生産の増大がここで使ったシナリオでは過小評価されているかもしれないとの考慮だ。この点から,エネルギー・ミックスの変動とプラスチック生産の両者を考慮してシナリオを改善していく重要性が強く示される。

政策提言~石炭の段階的廃止,再生可能エネルギー投資,排出物の透明性確保

 この研究成果はカーボンフットプリントの削減政策にどう役立てられるだろうか。

 (マイクロ)プラスチック汚染とプラスチック焼却といったよく知られた問題に加えて,この研究が新たに光を当てたのは,プラスチック生産に伴うカーボンフットプリント-プラスチック関連の温室効果ガス排出量の大部分を占める(すべてのプラスチックを焼却した場合の最悪のシナリオでも)-の増大を削減するための政策改善の必要性だ。課題を挙げるなら,循環経済(サーキュラー・エコノミー)の文脈で言及される使用回避や再利用,リサイクルによって一次プラスチックを削減する,進行中の構想を過小評価している面があることだ。しかしながら,プラスチックの全面禁止は,その代替物が時折一層大きな環境影響を与えることから,逆効果となろう。

 他方,この研究は,プラスチックのカーボンフットプリントを削減するためにプラスチック生産のチェーン自体に強力な梃子(大きな効果,影響を発揮する対策)を置くことに注目する。梃子として効果的な方法は,プラスチックの生産過程における石炭の段階的廃止,再生可能エネルギーへの転換,エネルギー効率の改善がある。この研究が過去と未来について示したように,パリ協定で規定された高所得地域の(温室効果ガスの)排出削減だけでは不十分だ。このような方策に頼りすぎると,環境対策があまり厳しくなく,コストがかかる最先端の低炭素技術を導入する経済力に限りがある新興地域へのプラスチック生産の移転がさらに進みかねない。したがって高所得地域がリーダーシップを発揮し,供給網全体でクリーンエネルギーによる生産に投資することが重要になる。

 再生可能エネルギーへの投資は現状,経済的なインセンティブが少なく普及のはずみもついていない。そのため,炭素税のようなカーボン・プライシング(炭素の価格付け)や排出量取引制度,再生可能エネルギー補助金など,政府が産業界を望ましい方向へと導くための主要な方策として実行することが求められる。合理的な炭素の価格付けが生産者や消費者のレベルに導入されれば,高所得地域の消費者向け企業にとっては,(プラスチック関連の)供給網の低炭素化は,魅力的な経済的なチャンスとなるだろう。理由はこうだ。

 第一に,消費者向け企業はもっぱら直接排出に重点を置くよりも,供給網の脱炭素化に取り組む方が温室効果ガス排出量をより多く削減できる。第二に,供給網の脱炭素化は,新興市場のプラスチック生産企業よりも高所得地域の消費者向け企業にとってコストが少ない。なぜならプラスチックは製品の最終価格に占める割合が小さいため,消費者向け企業は一般的に生産に伴う排出量当たりでより多くの価値を生み出しているからだ。

 炭素の価格付けに加え,供給網における排出に関する透明性確保も,消費者向け企業に排出削減を促す効果的な主要方策である。なぜなら透明性はグリーン製品への消費者の需要を増やし利益を生むからである。

 新興経済国ではどういった政策が有効なのだろうか。

 研究チームはこう述べる。新興経済国が再生可能エネルギー投資を促進するための炭素の価格付けを実現するインセンティブの一つは,この方策がPM健康影響とそれによる地域の健康コストを引き下げるという意識を国民に浸透させることである(なぜなら温室効果ガス排出の地球気候影響と違い,健康影響は発生する場所に左右されるからだ)。この方策は中国にとって特に重要であろう。中国は,プラスチック関連のPM健康影響のほとんどの重荷を負っているが,その一方で(発電所から発生する)煙道ガスの処理改良による排出物削減の発展可能性を制限している。対照的に,インドやインドネシアなどアジア諸国では,先進的な煙道ガス処理設備の導入がPM健康影響を相当に抑えているようだ。もう一つのインセンティブは技術的,経済的チャンスだ。つまりエネルギー転換や,新しい産業とサービスの発展という点から得られる将来的な競争優位といった,脱炭素化で長期的に得られる技術的,経済的なチャンスである。この結果,脱炭素化の取組みが,所得の多寡で分けた地域のPM健康影響や労働力,付加価値の不均衡も軽減するかもしれない。

プラスチックの"南北問題"

 現代のグローバル経済では,世界中を人が往来し,物や資本が流通する。また,物の生産拠点も,生産に伴う公害(有害物質などの排出)も移転する。プラスチック生産・消費もその「枠組み」から逃れられないようだ。

 この研究が指摘しているプラスチック生産に見る環境や健康,経済への影響は,まさにプラスチックの生産が惹起する「南北問題」と言ってもいいだろう。プラスチック生産において,環境影響という本来「北」が負うべき負担を,労働を供出する「南」が引き受け,利益は「南」も幾分か得るが,大半は「北」に帰属してしまう。こうした「枠組み」によって,所得などの経済的格差に加え,環境や人間の健康の格差が生まれている。

 この格差はどう埋めていけばいいのだろうか。プラスチック生産からも生まれる環境・健康の格差は,この研究が提案する方法(石炭の段階的廃止,再生可能エネルギーへの投資,排出物の透明性確保)を採用することで,少しは緩和されるかもしれない。そのためには,高所得地域が,低所得地域におけるクリーンエネルギーへの転換や排出物の透明性確保に対して,技術的,経済的な支援を積極的に行う必要があろう。ただ,これだけで環境・健康の「南北」格差が解消されるとはとても思えない。なぜなら高所得地域と低所得地域との経済的格差は,昔からその問題性が指摘されていながら依然として解消されていないからだ。

(三島勇)