Columns & Reportsコラム・レポート

2020.11.02

環境と持続性を考える -1-: 1972年「海洋プラスチック汚染元年」

 海に流出したプラスチックが,環境や生態系に影響を及ぼすリスクがあるのではないか。このことを懸念する科学論文が1972年から数年の間に続けて発表された。プラスチック問題の始まりは,合成樹脂の粒(レジンペレット)(*1) や破片といった,後にマイクロプラスチック(*2)と呼ばれるプラスチック片の発見からだった。

fig1_Carpenter_etal1972.jpg図:サルガッソー海で見つかった合成樹脂の粒と破片(出典:Carpenter et al., 1972 (*3))

 大西洋の熱帯から亜熱帯に広く広がるサルガッソー海。1971年9〜10月,ここでホンダワラ類(Sargassum属)の流れ藻調査を行なっていたカーペンターらは,アメリカ大陸寄りの海面に多くのプラスチックの粒や破片(以後,マイクロプラスチック)が浮いていることを見つけて報告した(*3)。マイクロプラスチックは,海面をプランクトンネットの一種,ニューストンネット(*4)で採集をした全ての調査地点で見つかり,平方キロメートルあたり47〜12080個(重さにして0.6〜1770.7 g)で平均約3500個(290 g)であった。また,カーペンターらは北米東岸の沿岸域でレジンペレットの調査を行い,それらが環境中のポリ塩化ビフェニール類(PCBs)を吸着していること,ネットで採集した魚類14種のうち8種および肉食性動物プランクトン(矢虫類)の消化管内からペレットが検出されたことを,同年の別の論文で発表した(*5)。

 翌1973年,ロススタインは1962年に北大西洋で採取した7羽の海鳥,コシジロウミツバメのうちの1羽の消化管内(砂嚢)から2つのプラスチック片を見つけたことを報告した(*6)。これが鳥類の体内から検出されたプラスチックの初記録と考えられる。同じ年,カーターらは1972〜75年に,イギリスのセバーン入江で1 mm程度のポリスチレン粒子がいたるところで見つかり,また,底生魚類のヨーロッパヌマガレイ,ハゼ類やクサウオ類などの消化管内で検出されたこと,さらに,ゴカイの仲間で巣穴の構造材にこの粒子を利用しているものがいることを報告した(*7)。そのほかにも様々な生物でプラスチックの摂食は確認されている(*8)。

 1974年,カリブ海から北大西洋バニューダ海域表層を広くニューストンネットで採集を行ったコルトンらは,サイズや重さなどタイプ別のマイクロプラスチックの水平的な分布を明らかにした。そして,それらが北緯40度位周辺の工業地帯に近い大陸棚に多いことを突き止めた(*9)。ウォンらは1972年10月,北太平洋を北緯35度線に沿って日本の東京からカナダのビクトリアまで測点を設けニューストンネット採集を行い,プラスチックは東経が西経に変わったカナダ側に多く分布したことを明らかにした(*10)。1977年になり,グレゴリーも南半球のニュージーランドのビーチに広く分布するプラスチック片のほとんどがポリエチレンやポリプロピレンのレジンペレットであること,ウェリントンやオークランドの工業都市周辺ほど,その数が多くなることを示した(*11)。

 こうした研究成果から,1970年代にはレジンペレットを主体としたマイクロプラスチックは世界中の海に拡散していること,それが鳥類や魚類,動物プランクトンなどの生物の消化管内からも見つかりすでに食物連鎖に取り込まれていたこと,海底に住むゴカイ類の巣穴に使用されていたことからプラスチックの一部は海底に沈むことがわかってきた。

 人間が作り出したプラスチックが海の様々な場所で見つかることが明らかになり始めた1972年は,海の環境問題の一つとしてプラスチック汚染が位置付けられた「海洋プラスチック汚染元年」といってよさそうだ。当時はまだ研究の歴史が浅く,その考察は憶測の域を出ていない。しかし,その時提出された数々の懸念は,その後の研究によって展開されていくことになる。

(文責:野村英明)

next>


注*)
  1. レジンペレット:
     レジンとは元来,天然樹脂をいう。今日ではレジンペレットといえばほぼ合成樹脂のペレットと同義。ペレットとは本来,小さい球をさすが,レジンペレットは必ずしも球形ではない。しかし,こうした規格化された小さい粒状の合成樹脂は総じてレジンペレットと呼ばれている。
  2. マイクロプラスチック:
     一般に5 mm以下の小さいプラスチックをいう。これに対し,大きなプラスチックゴミは「マクロプラスチック」。マイクロプラスチックには,レジンペレットやヘアケア製品に含まれるマイクロビーズなどのように最初から小さい製品「一次マイクロプラスチック」と,合成繊維のフリースから出た繊維クズ,スニーカーがすり減って出た削れカス,紫外線を浴びて劣化し粉々になったプラスチック破片のように二次的にできた「二次マイクロプラスチック」というように成り立ちによって区別する場合がある。
  3. Carpenter EJ & Smith Jr. KL(1972):
     Plastics on the Sargasso Sea Surface. Science, 175,1240-1241.
  4. ニューストンneuston
     水表生物(海面の直下や海面上のごく薄い範囲にいる生物)のこと。ニューストンは水表上,挺水,水面下などに分けられる。あくまでも生態学上の便宜的な生物群集区分の名称。例えば,ウミアメンボ類は水表上生物(エピニューストン)。ちなみに浮遊生物はプランクトン,底生生物はベントスという。参考|海の生態学 生態学研究シリーズ3(沼田真監修,時岡隆・原田英司・西村三郎共著),築地書館。
  5. Carpenter EJ, SJ Anderson, GR Harvey, HP Miklas & BB Peck (1972):
     Polystyrene spherules in coastal waters. Science, 178, 749-750.
  6. Rothstein SI (1973):
     Plastic particle pollution of the surface of the Atlantic Odean: evidence from a seabird. Condor,75, 344-345.
  7. Kartar S, RA Milne & M Sainsbury (1973):
     Polystyrene waste in the Severn Estuary. Marine Pollution Bulletin, 4, p.144
    Kartar S, F Abou-Seedo, M Sainsbury (1976):
     Polystyrene spherules in the Severn Estuary - a progress report. Marine Pollution Bulletin, 7, p.52.
  8. 山下麗・田中厚資・高田秀重(2016):
     海洋プラスチック汚染:海洋生態系におけるプラスチックの動態と生物への影響. 日本生態学会誌, 66, 51-68.
     東京湾・横浜本牧のサビキで釣れたプランクトン食者であるカタクチイワシ64匹のうち49匹の消化管から最高15個のマイクロプラスチックが見つかったことはよく知られている。
    Tanaka K & H Takada (2016):
     Microplastic fragments and microbeads in digestive tracts of planktivorous fish from urban coastal waters. Scientific Reports, 6, 34351.
  9. Colton Jr. JB, FD Knapp & BR Burns (1974):
     Plastic particles in surface waters of the Northwestern Atlantic. Science, 185, 491-497.
  10. Wong CS, DR Green & WJ Cretney (1974):
     Quantitative tar and plastic waste distributions in the Pacfic Ocean. Nature, 247, 30-32.
  11. Gregory MR (1977):
     Plastic pellets on New Zealand beaches. Marine Pollution Bulletin, 8, 82-84.


<著者の個人的な注釈的コラム>

「プラスチック汚染について」
 一般にプラスチック汚染といえば,最近では海のプラスチックごみのことと思い当たる。しかし,海洋のプラスチックごみによる汚染は,もとはといえば陸上の人間活動の問題である。また,河川,湖沼のみならず,街にも農地にも山間部の土壌にもすでにプラスチックは多く混在していることは忘れてはならない
 さて,プラスチック汚染は英語ではplastic pollutionというのが一般的で,日本語で「プラスチック汚染」だ。ただ,日本語のニュアンスとして,例えば汚濁というと有機汚濁,油濁といえば原油流出などの油汚濁を思いつくように,汚染というと有害化学物質による汚染を連想する。しかし,プラスチック汚染は化学的側面ばかりでなく物理的な汚損や輸送など影響は多岐にわたる。著者の個人的見解としては,プラスチック汚染ではなく,「プラスチック害」と呼びたいところだ。