道路と海洋,農耕地から放出された大量のマイクロプラスチックが大気圏を循環し,陸地に降下~日欧米の研究チームが可能性を指摘
レガシー・プラスチック除去の必要性
プラスチックの断片であるマイクロプラスチック(MP,<5mm)が道路や海洋から巻き上がり,大気圏を循環し,地上に降り注いでいる。米ユタ州立大学のジャニス・ブラニー(Janice Brahney)准教授ら日米欧の研究チームはシミュレーション計算でその可能性を示した。研究成果は米国アカデミー機関紙「PNAS(Proceedings of the National Academy of Science:米国科学アカデミー紀要)」(2021年4月12日発行)に掲載された。チームは,これまで地球上に蓄積された「レガシー・プラスチック」の量は膨大で,大気への主要な放出源となっている可能性があり,海洋に蓄積したプラスチックの除去の必要性を指摘している。
大気中のMPは,いつまでも循環する恐れがあり,人間をはじめ生物が呼吸や摂食などにより取り込む可能性が高い。今後,実地観測を重ね,シミュレーションの精度を高めるなど,さらなる研究が必要と思われる。
チームは,コンピューターシミュレーションの大気循環モデルやMP堆積観測データなどを使い,大気中にあるMPの放出源の寄与度を見積もった。アメリカ合衆国西部(以下,「アメリカ西部」という)において,大気中のMPは,主に道路や海洋,農耕地の土埃から発生したことを示した。また,ほとんどの大陸では,MPは海洋から運び込まれる量の方が多く,「レガシー汚染」のプラスチックを大気中に累積させる役割を果たしているとした。
生物地球化学的循環(生物が関与する,地球における化学物質の循環経路)に似て,プラスチックも地球の周りを循環している。つまり,既存の非生分解性プラスチックが地球システムを循環しつづけることを意味している。
チームは,このモデルによる見積もりは,限られた観測データやモデルの精度などから,MPの輸送や蓄積,放出源の寄与度に大きな不確実性が残るものの,まずはプラスチック循環の研究の方向性を示したいとしている。
主な放出源は道路,海洋,農地
チームは,ほかのエアロゾルと同様に,MPも機械的作用で大気中に取り込まれると推定し,次のように説明する。
海洋環境においてプラスチックとMPが集中する領域は,波しぶきのような風や波の作用によってMPがエアロゾル化する重要な潜在的放出源となっている。不溶性のプラスチック粒子は,低密度であることと泡などによって上に運ばれることも合わせ,表層の混合層に高濃度に存在する。このため,プラスチック粒子は風や泡を生む波しぶきに取り込まれやすい。
次に,自動車のタイヤ(注:合成ゴムが主である)やブレーキパッド(注:プラスチックをある程度含む),道路面塗装などに含まれるプラスチックは,走行中や制動時の摩擦でMPとなり,環境中に放出される。道路わきに落ちたMPは,タイヤの動きやブレーキの作動,また走行中の自動車の後ろに生まれる気流の乱れによって,慣性力と粘着力を十分に上回る機械的エネルギーを受け,大気中に再浮遊する。
第三に,耕作地で起きる土埃もプラスチックの潜在的再放出源であることだ。耕作地は土壌のプラスチック密度のホットスポットになりがちである。たとえば,アメリカ合衆国の排水処理施設で生み出される「バイオソリッド」(有機性汚泥)の約55%は肥料として使われる。全世界でも農耕地でのバイオソリッドの利用は広く行われている。排水中のMPの約98%はバイオソリッドに取り込まれるため,農耕地でのバイオソリッド利用はMP放出の大きな経路となる。
第四に,プラスチックが大気中に遍在しているとしたら,MPはほとんどの土地の土壌からも見つかるはずだ。そうなるとMPは風によって土壌から吹き上がり大気中に再放出されると考えるのは理に適う。特に人口密集地の近く,その風下で起こりそうだとする(以下,「人口密集地ホコリ」という)。
チームのシミュレーション結果によると,アメリカ西部の陸域を覆う上空大気中のMP含有量は,合計1G(ギガ)g(1千トン)と見積もられた。プラスチック蓄積の寄与度が最大だったのは道路からのホコリで84%を占め,次が海洋からの放出11%,農耕地のホコリ5%となった。人口密集地ホコリと人口密集地の風下でできるホコリはいずれも寄与度が小さく0.3%と0%だった。
地球全体では海洋が最大のMP放出源
さらに,チームは,これらのMP放出源別の量を全地球的に見積もった(表1参照)。タイヤとブレーキパッドによって作られ,長距離輸送されるMPは96Gg(9万6千トン)/年と推計した。海洋からのMPは8.6T(テラ)g=860万トン/年と多く,農耕地からのMPは69Gg(6万9千トン)/年だった。人口密集地はもっとも多くのプラスチックが使われているにもかかわらず,人口密集地ホコリはデータを得られなかったという。人口密集地で放出されるMPがタイヤとブレーキによるMPと重なっているかもしれないと推測している。
地球規模で見ると,海洋がMPの最大の放出源であり,蓄積量も最大であるとチームは指摘する。特に北アメリカ西海岸と地中海地方,オーストラリア南岸を含む海岸地域の放出が多く,陸域で蓄積のホットスポットとなっているのはアメリカ合衆国と欧州,中東,インド,東アジアと見積もる。ホコリと農耕地の放出源としては北アフリカとユーラシアが大きい一方,道路からの放出が多いのは人口密集地域であるとしている。
MPは大気循環で南極にも運ばれる
次に,チームは,海洋と陸域を行き交うプラスチック量を計算した(表2参照)。陸域から海洋表面に移動した蓄積量は13Gg(1万3千トン)/年,また,海洋から陸域に移動した蓄積量は22Gg(2万2千トン)/年だった。大気へのプラスチック負荷を生み出す量は海洋が陸域よりも大きいので,海と陸の行き来が均衡している南アメリカを除き,ほとんどの大陸は海洋からの移入量が勝っている。他方,南極大陸はプラスチック放出がゼロなのに,3.4×10のマイナス5乗Gg(0.034トン)/年も蓄積しているという不均衡を示している。ほかの地域のほとんどでは,放出した分の4~9%に相当する量が海洋から移入されているとしている。
思うに,北極や南極大陸で発見されるプラスチックは,チームが示唆するように,大気圏循環によりもたらされたのかもしれない。
チームはこうも指摘する。大気から放出されるMPは8.6Tg(860万トン)/年だ。人類起源の微細粒子の全排出量30Tg(3千万トン)/年よりは少ないが,バイオマス焼却によって大気中に放出される人類起源のブラックカーボン(大気汚染微粒子)のエアロゾル量と同じ桁である。
チームも随所で触れているように,モデル計算の精度や実地観測データの不足などにより,今回の研究結果には不確実性が伴う。今後,大気中のエアロゾルの動きや毒性について,微小粒子「PM2.5」(≦2.5㎛),超微小粒子「ナノ粒子」(1~100nm)などの研究蓄積の活用・連携が必要となるだろう。
計算結果を示したうえでチームはこう訴える。2019年のプラスチック生産量は,1950年からの全プラスチック生産量の4%に過ぎない。しかし,すでに長年にわたって海に流れ込んで蓄積している「レガシー・プラスチック」がある。プラスチックが海洋から大陸に大きく移動していることは,レガシー・プラスチックが大気中のプラスチック蓄積とフォールアウト(降下)に関与していることを明らかにしている。このレガシー・プラスチックを海洋から除去して減らせば,海洋の水質を改善するだけでなく,MPの大気への再放出を大きく抑える。
環境汚染と人間の健康被害の懸念
また,チームは,陸域環境におけるプラスチック蓄積率は,現状では最大で1日当たり10mg/平方メートルであるが,最悪の場合,2050年には1日当たり100mg/平方メートルにもなり,大気中に蓄積したプラスチックは自然の土壌と水と同様に人間の健康に害を与えかねないと懸念を示す。
ただ,2020年10月22日のコラム「マイクロプラスチックのリスク(危険性)は取るに足らない問題? ~環境科学者の議論から見るプラスチック汚染~」でも触れたが,MPのリスク評価をめぐっては,科学者の中でも賛否両論がある。たしかに,MPの大気循環でも研究手法や評価について議論が起き,評価が確定するまでには相当な時間がかかると予想される。しかし,「予防原則」を持ち出すまでもなく,大気中のプラスチックを抑えることは,海洋のプラスチックの抑制同様に地球環境上,望ましいことである。プラスチック大気循環の研究の進展とあわせて現実的な削減策の検討も必要であろう。
(文責:三島勇)