Columns & Reportsコラム・レポート

2021.07.15

1000トンの「プラスチックレイン」が米国立公園に降り注ぐ~米研究者らが観測結果から推定

20210713_top_image.png

 大量のマイクロプラスチック(MP:大きさ5mm以下)がアメリカ西部の国立公園などの自然保護区に降下している。「プラスチックレイン(プラスチックの雨)」の実態を,米ユタ州立大学のジャニス・ブラニー准教授らの研究チームが明らかにし,科学誌「Science」(2020年6月12日)に報告している。プラスチックレインは,アメリカ西部の自然保護区に1日当たり平均132個/平方メートル降下し,その堆積量が年間1000トンを超えているという。都市部から巻き上げられたMPが大気に乗って遠い自然保護区に運ばれ,脆弱な自然環境を汚染しているとみられる。自然を守る決め手は,生活様式などにおけるプラスチックに対するわたしたちの向き合い方にかかっている。

 この研究を発展させた成果は,「道路と海洋,農耕地から放出された大量のMPが大気圏を循環し,陸地に降下~日欧米の研究チームが可能性を指摘」で取り上げた。

 チームは,大気中のMPがどこから来て,アメリカの自然保護区内でどのくらいの速さで堆積していくのか明らかにするため,降雨で大気に湿気が多い時と,大気が乾いている好天時に,都市から隔絶した自然保護区11か所の観測点で,一次と二次のMP(一次MPは洗顔料の含有物やプラスチック製品の原料として使うレジンペレット,合成繊維の細片,二次MPはプラスチック製品が環境中で分解する細片)の降下量を計測した。チームが数値を計算する上で使ったのは,(1)プラスチックの堆積割合と,そこへ至る空気の一団(かたまり)が人口密集地を横切った経路,(2)同時期の土ぼこりの堆積,(3)全地球的な気象の各指数,(4)プラスチックの放出源の場所やその元となった製品を探るための成分分析,だ。

MPが「バルーニング」で長距離移動

 観測でMPは採取した全標本の98%から見つかった。MPは,粒子ではサイズが4~188 µm,繊維では20 µm~3 mmで,幅と奥行きは平均でそれぞれ18 µmと6 µmだった。粒子の約70%が地球上を長距離移動する土ぼこりのサイズ(大きさ25 µm以下)の範囲にあった。一方,ほとんどの繊維の長さは,地域的な移動(10~1000キロメートル)ができることを示唆している。プラスチックの密度(0.65~1.8グラム/立方センチメートル)は土の粒子の密度(2.65グラム/立方センチメートル以下)よりも小さいため,繊維のMPの方が土の粒子よりも運ばれやすい。繊維の場合は特に,体積に対する表面積の比率が大きいため,流体の抗力(流体(風)による力の効果)を高め,沈降の速度を下げる。この点は,クモが空高く飛んで移動する「バルーニング」が,クモが出した糸の静電気と風が引っ張る力を利用して何千キロも旅ができることと同じだろうという。

 降雨時のプラスチック堆積は,観測地の半分で人口密集地と空気の塊の交点において測定され,人口の指標と強い相関があった。移動距離や平均風速,土ぼこりの堆積は,個々の観測点の違いと結びついている。降雨時の堆積MPは,サイズは大きいが,数は少なく,土ぼこりの堆積や人口の指標と相関することが観測からわかった。この観測結果は,地域的に発生する嵐(暴風雨)の役割-暴風雨は,都市部や浸食された土地を通過することが多いため,地域でMPを取り込み,降下させること-を反映している。これに対し,好天時の堆積は,地域における土ぼこりの堆積量との相関がなく,むしろ大規模な大気パターン,とくに南向きのジェット気流の指標との相関があった。このことは,好天時の堆積が大規模な世界規模の分布に影響を及ぼしていることを示唆しているという。

 大部分が合成化学物質で作られているマイクロファイバーは,降雨時と好天時の堆積物から見つかった(それぞれの標本の66%と70%)。繊維の素材は服の布地の素材-綿やポリエステル,ナイロン-とほぼ一致する。多種多様な工業製品で使われるポリテトラフルオロエチレンやポリエチレンの繊維とともに,家や車のカーペットで使われることが多いポリオレフィンの繊維も見つかったという。

 発見されたポリプロピレンやポリテトラフルオロエチレンも,アウトドア用品-フリースやテント,防水服,登山ロープ-によく使われている。マイクロファイバーは普段でも服の生地から落ちている。このため,公園利用者からの漏出が観測堆積量に影響を与えている可能性がある。とくに多くの人が訪れる国立公園ではそうかもしれない。また,服の化学繊維から出る繊維量は,洗濯乾燥機使用時が洗濯排水時の数倍にもなり,大気に放出される。その化学繊維は,適切な速さと経路をたどる風が吹いた時に自然保護区まで運ばれるのだという。

 20 µmよりも小さいプラスチック粒子を構成するポリマー素材は,フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)(注:赤外線を使って物質の定性・同定を行う。赤外光の波長領域は通常2.5~25µm)の透過法(赤外光が物質を透過した光量を測定する方法)では分類が難しい。このため,チームはこの装置で,微小な物質の分析に使われる反射法(赤外光を受けて物質から反射した光量を測定する方法)を利用して32の副次標本(親標本から抽出した標本)を調べた。「ほこり粒子」として観測されていたものの2.5~5%(平均で4%)が合成ポリマーであることが判明した。このため,観測に基づくプラスチック堆積量の見積もりは実際よりも低めになったとみている。

プラスチック粒子はほとんどが工業用

 標本から見つかったプラスチック粒子の素材のほとんどは,さかのぼっていくと工業的な用途や,コーティングに行きつく。ポリエチレンやポリプロピレン,ポリ酢酸ビニルなども見つかった。粒子の約30%は,大きさ5~30 µmの多様な色の一次プラスチックであるマイクロビーズだった。パーソナルケア製品由来の一次プラスチックは,従来大きな注目を集めてきたが,概して今回の観測物よりも直径が大きい(74~800 µm)。このため,明るい色付きマイクロビーズを製造するメーカーは,それらは工業用塗料や研究の一次利用,医療用途に使われているとしている。チームは,いくつかのピンク色のマイクロビーズが,工業用塗料や工業的被覆物として広く使われていることを突き止めている。

 エアロゾルスプレーに加えられる工業的な被覆物と塗料は大気に取り込まれやすい。しかし,これだけがプラスチックの大気への漏出源ではない。なぜなら,多くのマイクロビーズは,密度が海水より小さいため,水域の表層での激しい波立ちなど乱流によるエアロゾル化によって取り込まれるからだ。同じような過程は,藻やほかの粒子が何千キロにもわたる拡散を促進することが示されている。見つかったマイクロビーズの大きさは主に20 µm以下であり,全地球的な大気拡散の影響を受けやすい。このため,ビーズの発生源は必ずしもアメリカの大陸ではないかもしれないという。

自然保護区にペットボトル1億2000万~3憶万本分降下

20210713_table1.png

 国立公園・原生地の堆積量の一次推定は2種類の方法を使って決めた。第一の方法は,プラスチック負荷の年間量を計算するため,目視観測推定に基づく平均堆積量と,分類されたプラスチックを計測した密度(0.92~2.2グラム/立方センチメートル)を使う方法だ。第二の方法は,標本に存在するポリマーの比率のFTIRに基づく推定値を使う方法だ。プラスチック堆積量は,第二の方法が第一の方法よりも多めになったが,ほぼ同じような値になっている。観測地ごとの堆積量は1日48±7~435±9個/平方メートルで,国立公園・原生地の規模に合わせたプラスチック堆積量は年間0.22~22トンとなった。したがって,アメリカ西部の自然保護区11か所には年間1000トンを超えるプラスチックが大気から降り注いている(表1)。この量はペットボトル換算で1億2000万~3億本分という。

プラスチックが自然生態系を攪乱するおそれ

 この研究成果をチームはどう解釈しているか。

 プラスチックが大気中に広がっており,遠隔地に運ばれているという発見は,生態系への影響の可能性を含んでいる。プラスチックが微生物に影響を与え,生物多様性に何らかの変化をもたらしたり,土壌の性質を変えたりするなど,予測できない影響が現れることが懸念される。この研究の観測点の多くは,食物連鎖が単純で土壌の層が薄い山岳地域にあるが,この地域は,変化には敏感であり,MPの堆積に対しての反応は大きくなるおそれがあるとみている。

 チームは,空気の塊の経路と人口密集地が重なると,プラスチック堆積量が最大で14倍上昇するという。このことは,漏出プラスチックの発生域が人口密集地を越えて広がっており,地球的に渦巻いているシステムによって降下するということを示唆する。MPの長距離移動によって人間の「フットプリント(足跡)」が大気構成物中にも遍在していることが明らかになったとしている。

 地域で発生する暴風雨が自然保護区に大量のプラスチックを運ぶ重要な役割を果たしているが,プラスチック堆積(質量)の75%以上を占めていたのは好天時の堆積だった。このことが示唆するのは,都市部が初期のプラスチック発生源ではあるだろうが,時間をかけて大気中に集積したプラスチックは,長距離を移動し,適当な条件(空気の塊の緩慢な速度や山岳地域との交点など)があると堆積していくということだ。実際,好天時の堆積量は,高地ほど多いという相関関係がある。しかし,チームは,漏出メカニズムや低密度ポリマーの輸送物理には課題が残っており,さらなる研究とデータ取得が必要だと指摘している。

 MPによる生態系への影響は,まだ十分にわかっていないが,近い将来,避けては通れない問題となるのは確実だろう。MPは,これまで海洋プラスチック汚染の枠組みで語られることが多かったが,大気という媒体の中でも無視できないことが今回の研究は示している。その発生源としての海洋の役割もこれまでに紹介した通り大きなものがある。環境中に存在するMPが引き起こす潜在的なリスク(危険性)を抑えようとするなら,世界規模の解決策と連携を考えなければならず,国際社会の関わりが不可欠だ。

(文責:三島勇)