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2021.08.30

プラスチック汚染は長期間,緩慢に広がっていく「地球毒性負債」~北欧・独の科学者らが汚染の深刻な影響の可能性を指摘

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 環境に放出されたプラスチックは放置されまままでは自然浄化が望めず,地球環境に不可逆的な影響を与えるおそれがあり,その排出抑制が急務である。スウェーデン・ストックホルム大学のマシュー・マクラウド教授ら,北欧とドイツの研究チームは,過去の研究成果を精査し,プラスチック汚染解消の難しさを指摘する論文を科学誌「Science」(2021年7月2日)に公表した。マクラウド教授らは抑制策として世界の廃棄物管理の徹底とバージンプラスチック<再生素材でないプラスチック>の使用削減を挙げている。

海洋,土壌,生体がプラスチックの「貯蔵庫」

 チームはプラスチック汚染の現状についてこう説明する。人間が直接捨てる道路わきや浜辺,河川の土手,市街地の河口で明らかなプラスチック汚染は目に見えてわかる。原理的に,このタイプのプラスチック汚染はその地域で容易に回復できる。なぜなら,清掃すれば物理的に除去することができるし,社会活動を通したり,ごみ回収社会基盤を改良したりして,ポイ捨てを抑制できるからだ。同じように,ごみ処理場の中と周りの目に見える汚染も,原理的に,処理場の管理を改善することで減少させることができる。

 しかしながら,地域的な規模でもっても,風化作用がプラスチック断片を人間の目に見えないミクロプラスチック,ナノプラスチックにしてしまうと,プラスチック汚染から元の状態に回復することはできない。そのうえ,回復が困難な風化プラスチック汚染が蓄積している,地球環境中で隔絶したいくつかの領域があることが知られている。これらの隔絶領域を汚染するプラスチックは,正直なところ,除去できないし,たとえプラスチック放出が減ったとしても汚染レベルはゆっくりとしか反応しないだろう。

20210823_table1.png チームは,こうした点を踏まえ,プラスチックの環境曝露について5つの領域に分けて評価している<表1>。

 第一に「隔絶した海岸線と大洋表層」。特に北・南太平洋と北・南大西洋,インド洋の5つの渦が,浮遊するプラスチックごみの集まる広大な領域として知られている。大洋の渦はプラスチックごみの動く貯蔵庫となり,人間が近くにいない,あるいは環境的に敏感な海岸線へとプラスチックを運ぶ。

 第二に「ウオーターカラム」<水柱>。大洋は多くの海域で深さが数千メートルに達しており,大洋の水柱はプラスチックがなかった状態へと復元する可能性のほとんどない,中性浮力のプラスチックが浮遊する巨大な潜在的貯蔵庫となる。中性浮力のあるプラスチックと,有機物と複合したプラスチックが,大洋,湖沼でも水中を漂い,生物に取り込まれる。

 第三に「深海域」。海底はプラスチック汚染の主要な蓄積領域で,自然環境で最も密度の高いマイクロプラスチックの高集積区域がいくつかある。最近の研究は,海底付近の(動物に酸素と栄養を供給する)熱塩循環(注1)も,多様な生物が存在する海底のホットスポット<生物集中域>にプラスチックを輸送していることを示唆している。海底は通常,静かで暗く,低温の環境であり,プラスチックの分解が進みにくい。堆積物に埋まり滞留する時間もあって海底のプラスチックは多くなりがちだ。

 第四に「土壌」。陸域の土壌も多く蓄積する領域だ。都市と地方の土壌のプラスチック汚染の起源は,プラスチックのポイ捨てや道路雨水(タイヤ破片を含む),大気中のマイクロプラスチックとナノプラスチックの粒子の堆積である。また,プラスチックは,ポリエチレンフィルムや増えつつある「生分解性」プラスチックフィルムで作られた覆い(農業用マルチシート),コンポスト,プラスチック残滓が混入する「スラッジ・バイオソリッド」<下水処理場の残留物質から作られたもので肥料として活用されている>から,ゆっくりと農業土壌に浸透していく。同じように,土壌侵食を防止するために使われる高分子安定剤が土壌に入り込んでいる。プラスチックの土壌集積は増加が予想される。なぜなら,上記のような漏出源が増えている上,プラスチックの分解が極めて緩慢だからだ。従来型のプラスチックは,微小な粒子に変わっているにもかかわらず,土壌から消えている量が数年たっても質量で1%以下に過ぎない。したがって土壌のプラスチック汚染は元の環境に戻る「復元可能性」が低いといえる。

 第五に「生体」。多様な生物や人間がプラスチック粒子を摂取していることが多くの研究から明らかにされている。ここ最近でも,微小なプラスチック粒子が,消化管から生体組織に取り込まれている可能性や,生物の細胞膜を通過することが示されている。生物のプラスチックの吸収や分布,代謝,排泄に関する現時点の知見は,研究方法と実験設計から制約を受けている。しかし,人間や生物の内部組織や臓器は今後,プラスチック汚染-特にナノサイズの最小断片-を受ける一領域になると考えられる。

長い「半減期」

 わたしたちが環境中に放出したプラスチックはどのくらい存在し続けるのだろうか。また滞留している間にどう変わっていくのだろうか。

 チームは指摘する。環境中のプラスチックの半減期(注2)は非常に長いということしかわかっていないが,プラスチックの特性と環境条件の両者に強く依存しているという。環境中のプラスチックの分解率は,種類によって違う上,体積に対する表面積の割合,さらにプラスチックの耐久性を高めるために酸化防止剤などの安定剤が成型時に添加されているかどうか,にも依存している。環境条件には紫外線放射強度や温度,生物学的活性,機械的応力がある。

環境中の風化作用

 プラスチックの風化は,緩慢な過程ではあるが,自然環境中にさらされると,すぐに始まるという。プラスチックの風化作用は,互いに関連し,しばしば相乗的に働く2つの過程に沿って進行する。(1)分解と水溶性または揮発性の成分の放出,それと同時に起こる(2)生物付着と酸化分解だ<表2>。

20210823_table2.png 風化のはじめに起きる顕著な徴候は,表面電荷の状態変化などの表面特性の物理化学的な変化と,結晶化度の増加による亀裂などの表面形態の変化がある。これらの変化とともに起こる生物学的な風化過程により,プラスチックの表面は機械的な力による分解の影響を受けやすくなる。機械的な力とは,たとえば,川床を移動したり,海岸で繰り返し浜を洗う波に揉まれたり,土壌で凍結と融解という活動を受けたりしている間に受けるものだ。プラスチックの断片がマイクロプラスチックやナノプラスチックの粒子となり,表面積が増加すると,プラスチック素材に含まれる化学物質(添加剤を含む)や,重合されずに余ったモノマー・オリゴマー,さらにプラスチック自身の分解物の放出が,促進される。したがって,環境中のプラスチックは,徐々に,微小粒子と化学物質の多様な"系統"を作り出し,最初に環境に入り込んだ時の物質よりも,流動性が高まり,多くの生物に摂取されやすくなるとしている。

 相乗作用の生物学的風化は分解過程が起きる直前に始まる。河川や湖沼,海洋,そして土壌もそうであろうが,プラスチックが流入して数時間経つと,有機物と微生物の「エココロナ」<プラスチックを覆う生物学的分解生成物。太陽のコロナのように見える>がプラスチック粒子の周りに発生し,数日で粒子表面にコロニー<細胞集塊>を作る。

 このいわゆる「バイオフィルム」はプラスチック汚染の行方にさまざまな影響を及ぼす。バイオフィルムは,固着した有機物のコロニーの成長を促進し,プラスチック表面を分解する細胞外酵素<分泌酵素とも言う。アミラーゼなど,生体高分子の加水分解を行う酵素が代表的>を排出し,集積を容易にする細胞外高分子物質<微生物が環境へと分泌する高分子>を作る。

 また,バイオフィルムは,プラスチックの浮力を変え,化学物質の収着<表面上の吸着や内部への吸収>する相を付加し,化学物質の出入りの速度を落とす。選択的摂食生物<食物の種類を選択する生物>が餌と間違えるとバイオフィルムで覆われたプラスチック粒子の摂取は増加する。摂取後もプラスチック粒子は消化器系統で分解されて風化作用は続く。

 環境の特性がプラスチックの風化にどう影響を与えるかを検討するためには,蓄積領域ごとに風化がどの程度の速さで進んでいくかを知ることが必要だという。もっとも速い風化はおそらく海洋表面で起きている。海洋表面は,太陽光の直接曝露,風や波の機械的な力,温度の変動によって制御されている。表面土壌のプラスチックもまた太陽光と活動的な生物の密集状態に曝されている。海のコラムでは水深が深くなるほど,陸地であれば耕耘や生物擾乱<動植物による土壌や堆積物の再構成>によってプラスチックが地中深くに到達するほど,いずれも風化率は下がるだろう。生体内のプラスチックの分解は,適当な酵素の存在や生体組織における特定の位置,消化管の排泄率に左右されるだろうが,これらは未開拓の研究分野だ。

環境中に長時間滞留

 環境中で分解しながら滞留するプラスチックはどういったリスクを引き起こす可能性があるのだろうか。

20210823_table3.png チームは言う。従来の生態毒性学的リスク評価(標準テストから導かれた生態毒性学的影響の閾値と,計測または予測される環境のレベルを比較すること)は,プラスチックのリスクがかなり小さいとしている。しかし,現行の生態毒性学的リスク評価をプラスチック汚染に適用するには多くの制約があるのだ。毒性影響とそれに関係する曝露濃度を高める汚染の形態はわかっていないが,ホットスポットでは提示されている毒性影響閾値をすでに超えている。微小プラスチック粒子の曝露濃度はおそらく過小評価されている。なぜなら,微小プラスチック粒子は,風化による分解が継続していく上,特にナノプラスチックでそうだが,信頼できる測定法がないからである。大きな視点で見ると,地球環境におけるプラスチックの蓄積と汚染の潜在的な影響は地球物理学的,生物学的の両面にまで及んでいる<表3>。

地球物理学的な影響~炭素循環や栄養塩循環,土壌・海底堆積物の特性

 地球物理的な影響とは具体的にどのようなものか。

 プラスチック汚染は直接的にも間接的にも地球の炭素循環に影響を与えかねない。直接的な影響は小さいが無視できない。年間2.8~3.6億トンという化石燃料の炭素がプラスチックに変換されている。プラスチックは,質が落ちると工業的に変換(たとえば焼却や埋め立て)され,二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスに変えられてしまう,とチームは言う。だから,たとえ化石燃料の使用を完全に止めても,プラスチックの分解と廃棄物管理からの温室効果ガス排出は何世紀にもわたって続くだろうという。

 プラスチックが海洋炭素輸送の恒常性維持効果を通して炭素循環に与える間接的な影響は,温室効果ガス排出による直接的な影響よりも潜在的に大きい。最近の見積もりによれば,いまのところ毎年780万トンのプラスチックの炭素が海底へ沈降している。海底に定着する前,プラスチックの大部分は中性浮力粒子となって水柱中を漂う。浮遊プラスチック粒子やプラスチック粒子と他の物質が複合した「ヘテロ凝集体」の密集度が高まると,食物供給源つまりシアノバクテリアや植物プランクトンの生息域の群集レベルに影響を及ぼすかもしれない。バクテリア群集の生息数減少は大気からの炭素を取り込み固定化する作用を低下させるだろう。固定化されない炭素は大気中に残り,地球温暖化に寄与することになろう。一方,浮力のないプラスチックが取り込んだ多くの炭素は沈降するだろう。

 チームはさらに指摘する。海洋炭素輸送に影響を与えるメカニズムは栄養塩の循環にもさまざまな点で影響を及ぼす。窒素・リンの循環は水系でマイクロプラスチック表面にできるバイオフィルムによる影響を受けることが示されている。単純化された人工の生態系実験はマイクロプラスチックの存在が堆積物における窒素循環を変えることを証明している。また,「地球システムモデル」(注3)は,動物プランクトンがマイクロプラスチックを食べることによって,海洋の酸素の減少を加速させる可能性があることを示している。

 増大するプラスチックの環境負荷は,長期にわたり土壌特性-保水力や微生物の活動と多様性,栄養塩の利用可能性,土壌構造-に変化をもたらし得る。土壌のプラスチック蓄積は,潜在的に不可逆な土壌分解と同じように,植物の働きと多様性にも影響を及ぼし得る。海底における(マイクロ)プラスチック・ホットスポット<プラスチック濃度の高い領域>が形成されると,堆積物の構造と構成がある程度変わり,海洋炭素輸送と堆積物の生産性への影響と同じような影響を与えるかもしれない。蓄積するプラスチックによって不可逆的な影響を受ける地球上の土壌と堆積物の量は将来,残念ながら増加するだけだろうとしている。

生物学的な影響~生物の"絡まり"や"誤食",生態系攪乱

 次に生物学的な影響はどうだろうか。

 チームは説明する。野生生物とマクロプラスチックごみとの「遭遇」は数多く報告されている。最近の分析によると,海洋の大型動物の914種-海鳥226種,海生哺乳類86種,ウミガメ全種,魚類430種を含む-が<漁網やロープなどのプラスチックの>絡まり及び/またはプラスチック摂取による影響を受けた。絶滅危惧種にとっては,稀な遭遇でも集団レベルの生息に影響を与えるおそれがある。絡まりと摂取は国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストにある693種の17%を生存の危機に曝している。北東地中海では,絶滅危惧種のモンクアザラシの死因で,絡まり(全体で600~700頭)が意図的な殺害に次いで二位となっているのだ。

 プラスチック表面のコロニー化は生物との一つの相互作用である。一度の津波で300近い生物が,漂流物にできたコロニーにより6年以上かけて大洋を横断し広まった。このことはプラスチック汚染が極端な気象事象による種の外来侵入化を促進させる可能性を示している。複雑かつ大規模なレベルで起こるプラスチック汚染の効果が示唆するのは,今後もさらに多くの種や生態系への影響が見つかるだろうと推測されることであるという。

 チームによると,粒子そのものや,それに含まれる化学物質に毒性があるというマイクロプラスチックの摂取の影響が報告されている。その影響とは物理的傷害と生理的変化,それに摂餌や成長,生殖,酸素消費率の減少であると説明する。堆積物ではマクロ/マイクロプラスチックの0.5%を超えるくらいの濃度で,大型無脊椎動物の生息数に影響が出ている。プラスチックから浸出した添加剤も(生態)毒性学的な影響を与え得る。一例は,ポリエチレン製の農業用マルチシートに添加されているフタル酸エステルで,栽培した穀物が吸収し,それを食べる人間や家畜に移行してしまう。もう一つは最近の発見だ。タイヤのゴムに使われている汎用の酸化防止剤から変成した有害化学物質が,豪雨による道路雨水に含まれて川に入った後,ギンザケの急性死亡を引き起こしているという。

未解明な汚染の影響

 このほかにもプラスチックの影響はあると思われるが,それはどこまで調べられているのだろうか。

 チームは言う。プラスチック汚染が地球物理学的,生物学的,化学的なストレスのほかに,どういう影響を及ぼしているのかは十分に調べられていない。たとえば,乱獲と気候変動が及ぼす漁業への潜在的な悪影響は,プラスチックがもたらす影響-毒性はもちろん炭素循環や体表への絡まり,体内摂取-が加わり,さらに悪化するかもしれない。海洋生物は人間活動によるさまざまな環境の劣化に適応を余儀なくされている。環境の劣化とは,温度の変動と栄養塩供給の変化,生物多様性の損失につながる,追加的なストレスとしてのプラスチックを介した化学的な曝露だ。陸域では,プラスチックの蓄積の長期影響のため,肥沃な土壌の限られた供給と土壌の生物多様性はさらに減少していく。こうした事態は新しい肥沃な土壌を求める湿地や森林の破壊につながるだろう。土壌表面に水が少ない乾燥地帯では,残された淡水生態系の源が,プラスチック汚染-とくに毒性のあるプラスチック添加剤(たとえば,フタル酸エステル,重金属,ビスフェノール,ポリフルオロアルキル,ペルフルオロアルキル)や,飲料水生産システムをすり抜けてしまう微小プラスチック粒子-で一層損なわれてしまうかもしれない。

重大な環境・健康の問題

 さまざまな負の影響が懸念されるプラスチック汚染に,わたしたちはどう向き合えばいいのだろうか。

 チームは指摘する。一般市民はプラスチック汚染が環境・健康双方の重大な問題であると捉えている。汚染の実態を身近に見ていることやビスフェノールAのようなプラスチック関連化学物質の曝露への関心が高まっているからだ。人間へのマイクロプラスチックのリスクは明確になっていないが,いくつかの生態系のリスクがつい最近解明されている。一般市民の懸念は,関係当局による予防原則を用いた海洋マイクロプラスチック対策の実施に結びついている。

「地球毒性負債」は遅れて現れる

 しかし,こうした議論には抜け落ちている大きなものがある,とチームは注意を促す。風化作用による分解過程があるために遅れて現れる毒性影響,または炭素・栄養塩の循環や土壌・堆積物の肥沃度,生物多様性への追加的な非毒性影響の可能性についての評価である。放置されまままでは自然浄化が望めないプラスチック汚染によって引き起こされる,つまり「レジームシフト」(注4)をもたらす大きな転換点を越えていると考えると,このような悪影響は,プラスチック漏出が止まっても,長い時間にわたって広がっていくかもしれない。考え得るプラスチックの生態毒性というケースにおいては,遅れて顕在化する影響の可能性は「地球毒性負債」(注5)と呼ばれている。

 環境中のプラスチックが引き起こす脅威を解明し,対策を向上させるには,環境のプロセスとその末路-微小な風化粒子の蓄積,関連化学物質,バイオフィルムと自然界の有機炭素と複合したヘテロ凝集体の形成を含む-に焦点を絞った研究が必要である。なかでも特に求められる研究とは,プラスチック汚染が蓄積している領域における,こうしたプロセスの一層の解明だ。生物地球化学的な循環と生物の健康に関する,不明な風化プラスチックの影響を特定するという目的を持った発見指向の研究も必要とされている。

「痛み」をともなう汚染対策の必要性

 チームは最後にこう訴える。

 プラスチック汚染による地球規模の影響の可能性に立ち向かうための合理的な戦略は,カナダ・トロント大学のS.B.ボレル氏らの研究チームが示している変革の処方箋(「「プラスチック汚染」解消に向けて」参照)に従って,できる限り迅速かつ広範囲にプラスチックの環境排出を抑制することである。バージンプラスチックの生産・使用を制限し,また環境にやさしく,かつ他の材料に負けない競争力のある物質の技術開発を促進するため,明確で焦点を絞った規制が求められている。さらには,「バーゼル条約」<正式には「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」>を拡張し,プラスチック廃棄物の輸出をリサイクルの社会基盤が整っている国に限り許すこと,プラスチックの中に含まれている有害化学物質を除きリサイクルの可能性を高めること,国内的にも国際的にもリサイクル/リユースの目標を作り広げていくことも,取るべき行動として挙げられるだろう。

 広範囲な社会的戦略としては,プラスチックの不必要な使用を止めること,プラスチックごみを最小限にする行動を奨励することが導入されるべきだ。環境に排出されるプラスチックごみの起源の「一覧表」が整備されつつあり,これによって削減対象とすべきプラスチック製品と供給網を特定でき,上記のような取組みを支援することが可能となる。

プラスチック汚染の影響は「常識」を超えている

 チームは,元の環境への復元可能性の低さを示そうと「poorly reversible」という表現を使っている。復元不可能という言葉「irreversible」は使っていないが,プラスチック汚染はほぼそれに近い状態であるという深刻な現実を多岐にわたる研究例から伝えている。

 一般市民は,プラスチックごみの影響について,海洋生物の体に絡みついた漁網や胃の中から見つかるポリ袋やプラスチック片,海岸に漂着したペットボトルなど,目に見える部分をプラスチック汚染の「常識」として受け止めていると思われる。しかし,これまでの科学研究が明らかにしている汚染の実態は,わたしたちの「常識」を遥かに超えている。そのことだけからしても,このチームの研究は広く知ってもらう必要があるだろう。

 プラスチック汚染は,地球温暖化による気候変動問題と同様,喫緊の環境課題である。気候変動問題は,「人為的な温暖化」を信じる・信じないというような非科学的な(神学的な)議論をしているうちに徒に時間を使ってしまったという印象を拭えない。その結果,「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」が指摘していた通りの,いやそれを上回るほどの海面上昇や気象の極端化,生物多様性の劣化などを招いてしまった。現状においても,各国の温室効果ガス削減などの具体的な対策の足並みは揃っていない。

 プラスチック汚染対策は同じ道をたどってはならない。ただ,IPCCのような科学的にプラスチック汚染の実態を解明し,対策を評価する国際機関を設立し,各国に具体的な対策を推進させる必要があると思われる。人類は,酸性雨問題やオゾン層破壊問題で国際協調が功を奏し,問題の改善に至ったという「経験」を持つ。

 プラスチック汚染では,マクラウド教授らのチームが強調するように,国内的,国際的に強力な対策を早急に確立させ,迅速に実行していけば,酸性雨やオゾン層破壊に続く人類のレガシーとなるのではないだろうか。

(文責:三島勇)


※1 ( )は原著論文における補足説明。
※2 < >は評者による補足説明。

注1:熱塩循環(thermohaline circulation)
 海水の密度が水温と塩分濃度によって変化して生じる地球規模の循環。極域の海面で冷たく高密度の海水が形成され,それが深海に沈んでから赤道方向へ流れ,再び上昇し,海面へ達する。このすべての旅はおよそ1000年を要する。

注2:半減期(half-life)
 物理学的半減期と生物学的半減期がある。ここでは生物学的半減期を指し,体内に取り込まれた物質が代謝や排泄などによって,体内から失われて半分に減るまでに要する時間である。

注3:地球システムモデル (Earth System Model; ESM)
 地球温暖化がもたらす環境変化の包括的な予測を行うため,大気や海洋,陸域における物理現象を中心に取り扱う「大気海洋結合大循環モデル(Atmosphere-Ocean General Circulation Model; AOGCM)」に,炭素循環などの地球表層物質循環や,それに関わる生物・化学的なモデルを統合したモデルを言う。

注4:レジームシフト(regime shift)
 生態系や気候,金融システムなどの複雑なシステムの構造と機能における突然かつ永続的な大きな変化。ここでは生態系の変化で,生態系に大きな影響を与える変化のことを指す。

注5:地球毒性負債(global toxicity debt)
 ドイツ・ベルリン自由大学のマシアス・リリング教授らが2021年2月17日,論文誌「Environmental Science & Technology」でプラスチックの分解と汚染排出の長期的な影響をこう呼んでいるという見解を示した。