環境と持続可能性を考える -13-:国外の情勢 (9) 国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(4)
2024年4月23-29日,カナダ・オタワで,海洋環境を含む国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制に関する条約を作成するための政府間交渉委員会第4回会合(INC4)が行われた(1)。外務省等,関連する省の発表によれば(例えば2),この会合には約170カ国の国連加盟国,関連国際機関,NGOなどから約2500名が参加した。
政府間交渉委員会は第3回会合(INC3)において事務局に対し改定文書をまとめるよう要請していたが,本会合ではこの事前に国連環境計画(UNEP)が公表していた改定草案を元に議論が進められた(3)。
<第4回政府間交渉委員会(INC4)の結果概要>
政府間交渉委員会の目的は,プラスチックを規制することに関する条約を作成することであり,焦点となるのはプラスチックの生産制限に関する規則である。しかしながら,この生産規制には大きく3つの異なる立場が存在する。
1)欧州連合(EU),南米,アフリカ,島嶼国などのプラスチックの生産や流通を各国一律で規制するというもの。2)日本のように,世界目標は定めるものの,取り組みは国の事情に合わせて独自に制限をかけるというもの。3)中国,ロシア,産油国などで,生産に数値目標を定めるという規制には反対するというものである。今回その溝は埋まらず,プラスチック汚染の低減に関しては合意しているものの,意見集約には至らなかった(日経新聞,2024年4月22日及び5月2日付)。
会合では,大枠合意を目指す次回の第5回政府間交渉委員会(INC5)の前にいくつかの専門家会合を開き,それらを踏まえINC5で協議することが決まった。専門家会合は,人体への危険を伴う化学物質の基準や,リサイクルしやすくするといった製品設計上の基準,発展途上にある国々への資金援助のあり方などを議論する。INC5は,韓国・釜山にて2024年11月25日から12月1日に開催される(2)。
<INC4に向けた国際科学協会(ISC)のコメント>
地球規模で進行するプラスチック汚染に対峙するためには科学的根拠に基づいた行動が急務である。プラスチック汚染は複雑で多面的な問題を持つことから,国際的な協力体制が必要だ。国際科学協会(ISC)は(4),INC4の開催前に「プラスチック汚染をなくすための科学的根拠に基づいた国際的に法的拘束力のある条約に必要な主要要件」を公表した(5)。
プラスチックは生産されリサイクルや廃棄まで,全ての過程において様々な社会的経済的影響を及ぼしており,科学的な研究によってプラスチックの新たなリスク,増大するリスクが明らかになってきつつある。その多面的な影響を緩和するためには,科学的証拠に基づいた世界レベルでの,そして今すぐにでも行動する必要がある。ISCのプラスチック汚染専門家グループは,法的拘束力のある条約に,効果的で強力な規制手段とその実施を確保することを要件としている。
ISCが重ねて強調しているのは,プラスチックとそこに含まれている化学物質による生態系および人の健康へのリスクに対して,これを脅威と捉え,効果的な対策である。加えて,プラスチック汚染は恩恵を受けるものと負担を強いられるものとの間に大きな格差を生じており,これは人権にかかわる問題であること,低所得国や小島嶼開発途上国(SIDS:Small Island Developing States)における技術や能力構築に対する財政支援を条約に組み込むべきであり,これらの対策は科学的根拠をもって包括的統合的である必要がある。
<INC4における日本政府の声明>
今回の会合における日本政府の声明は要約すると主な論点は4つである(6)。1)策定するルールは条約の締約国全てが目標達成するために協調して行動し,プラスチック汚染を終わらせる努力をすることにある。そのためにはプラスチック汚染をゼロにする明確な達成目標を設定するすべきであり,その期限を2040年にする。2)締約国にはプラスチックの環境への流出を防止するために,国家としてプラスチック製品の生涯を統合的かつ包括的な政策をとる義務を課す。3)個々の管理措置はプラスチックの生産量に一律の制限を設けるのではなく,締約国の事情に合わせて,使い捨てプラスチックの削減,環境に配慮した製品設計,人々の行動変容,再利用やリサイクル,適切な廃棄物管理などを行う中で,プラスチック使用量削減に取り組む。4)条約の実施に関する手段として,最も必要としている国や,プラスチックの排出・放出を防止するために最も効果的で費用対効果の高い対策に財政支援を行う。地域レベルで基本的な廃棄物管理システムを確立することが不可欠である。
これらは全体として2023年5月19-21日に行われた広島でのG7サミットの首脳声明(7)を踏襲したものとなっている。また,日本は第2回政府間交渉委員会(INC2)の開催直前に高い野心連盟(HAC)への加盟を発表した(8)。HACはプラスチックのライフサイクル全てにわたる効果的な規制を実行する条約を強く求めている。その中で,2040年までにプラスチック汚染を終わらせるという目標を掲げている。2040年という目標期限はこうした中で設定されてきている。
日本政府の声明は大枠合意を目的としている。そのためか野心的な取り組みは示されてはおらず,排出規制に重きが置かれていて,全体として削減への意気込みは弱いという印象が拭えない。
国際NGOのグリーンピースは,INC4について厳しい評価を示している(9)。すなわち,プラスチックの生産を削減することを推し進める国々によって一定の成果は見られたものの,生産削減に関しては妥協的結果となった。大幅な生産削減をしなければ,現在の汚染は止めることができない。そこで特にHACが,第5回政府間交渉委員会までに強い働きかけをしなければ,生産国や生産者寄りの条約になる可能性すらある。また,日本は広島で行われたG7サミットでの2040年までの追加的汚染ゼロに合意したが,具体的な一次プラスチックポリマー(主として石油由来のプラスチック原料)の生産規制に関する共通のルールづくりを目指すような積極的な動き示さなかったとした。
最終的な大枠の決定を目指す第5回会合が行われる本年11月までにどのような動きがあるのか,特に循環経済を主導する欧州連合(EU)の対応が注目されている。また,各専門家グループの取りまとめもきになるところである。プラスチックは海洋,土壌,大気に拡散し,地球の全域に分布していることがわかってきている。すでに海底に沈んだプラスチック製品や,世界に拡散している5mm以下のマイクロプラスチックやさらに小さいナノプラスチックは除去することがほぼ困難である。プラスチックの弊害はすでにわかってきているものがある。誤食による生物の死亡や漂流するプラスチック製品による外来生物の輸送・分布域拡大などである。
一方で,プラスチックに含まれる化学物質の生物や人間への影響はいまひとつ明確ではない。それは急性毒性があれば研究はもっと早く進むはずだが,危険性は予測できているがそれを示す手段や研究事例がまだまだ少ないことがさらなる研究進展の障壁になっている。しかしながらこのまま放置して,なんらかの顕著な問題が生じたときにはすでに手遅れになるという懸念を持っていることが大切だ。将来世代に問題をできる限り残さないよう,私たちはリスク予防上の観点から,早急にプラスチックの使用削減をできるところから努めていく必要がある。
(文責:野村英明)
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注)
- Intergovernmental Negotiating Committee on Plastic Pollution(INC):プラスチック汚染に関する政府間交渉委員会
https://www.unep.org/inc-plastic-pollution(2024年5月20日閲覧) - 外務省:プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第4回政府間交渉委員会の結果概要,2024年4月30日。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press7_000261.html(2024年5月1日閲覧) - 国連環境計画が公表したINC4への草案(UNEP/PP/INC.4/3)
https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/44526/RevisedZeroDraftText.pdf(2024年4月11日閲覧)
UNEPがプラスチック汚染防止に関する国際的に拘束力のある文書の改訂草案を公表
https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2024/04/unep.html - 国際学術会議(ISC:International Science Council,事務局はパリ)は国際科学会議(ICSU)と国際社会科学評議会(ISSC)が2018年7月に合併して設立された非政府及び非営利の国際学術機関。各国科学者を代表する組織(140以上の国・地域アカデミー)及び学術分野・領域ごとの科学・学術連合(40以上のユニオン)によって構成されている。(日本学術会議ホームページより)
https://www.scj.go.jp/ja/int/isc/index.html(2024年5月7日閲覧) - INC4に向けた解説「Key requirements for a science-based international legally binding instrumento to end plastic pollution(プラスチック汚染をなくすための科学的根拠に基づいた国際的に法的拘束力のある条約に必要な主要要件)」
https://council.science/wp-content/uploads/2024/04/ISC-RZD-high-level-commentary.pdf(2024年5月7(日)閲覧) - INC4への日本政府の見解(2024年4月23日)
https://resolutions.unep.org/incres/uploads/japan_national_statement_under_agenda_4_inc4final_0.pdf(20240501閲覧) - G7広島首脳声明(2023年5月20日)(和文)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100507034.pdf(20230607閲覧)
声明からの抜粋「我々は,2040年までに追加的なプラスチック汚染をゼロにする野心を持って,プラスチック汚染を終わらせることにコミットしている。これを念頭に,我々は,包括的なライフサイクル・アプローチを踏まえ,我々の行動を継続し,発展させることを決意する。我々は,政府間交渉委員会(INC)のプロセスを支持し,2040年末までにプラスチックのライフサイクル全体をカバーする法的拘束力のある国際文書 の作業を完了することを目的とし,野心的な成果を求める。我々は,2025年に開催される国連海洋会議までに,これらの課題及び海洋保護に関するより幅広い議題について,できる限り進展させる。」 - プラスチック汚染を終わらせるための高い野心連合:High Ambition Coalition to end plastic pollution (HAC))
HACは2040年までにプラスチック汚染を終わらせるという目標掲げている。そのためにプラスチック原料,プラスチック製あるいはプラスチックを含む製品,難燃剤などプラスチックに関連する化学物質などのあらゆるプラスチック汚染に関係のあるプラスチックのライフサイクル全体を扱う効果的な規制を積極的に遂行する,国際的な法的拘束力のある制度の成立を強く主張する。
https://hactoendplasticpollution.org (2024年5月7日閲覧)
INC4に向けたHAC加盟国の閣僚共同声明
https://hactoendplasticpollution.org/hac-member-states-ministerial-joint-statement-for-inc-4/#(2024年5月7日閲覧) - グリーンピースジャパン:プラスチック生産削減なくして汚染解決せず-国際プラスチック条約第4回政府間会合,プラ生産規制をめぐり議論が難航
https://www.greenpeace.org/japan/campaigns/press-release/2024/04/30/66265/(2024年5月7日閲覧)