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2021.06.28

乳児や胎児に迫るマイクロプラスチック~ヨーロッパの研究者らが哺乳瓶や胎盤から検出

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 プラスチックが分解し断片化・細片化したマイクロプラスチック(MP:大きさ5mm以下)汚染が乳児や胎児に及んでいる可能性が,欧州の研究者らの研究から明らかになった。MPが哺乳瓶で多数発生したとする実験結果と人の胎盤から見つかったとする成果が2020年の10月と12月にオンラインで相次ぎ報告された。2つの研究は,MPが乳児や胎児に悪影響を与えるおそれを示唆しているが,MPの有害性の有無までは調べていない。世界中で多くの胎児と乳児が日々,成長している。MPの有害性の研究とそのスピードが求められる。

 アイルランドのダブリン大学トリニティ・カレッジのダンズー・リ研究員らの研究チームは,ポリプロピレン製哺乳瓶で調合された粉ミルクを飲むことで乳児が潜在的にどのくらいのポリプロピレンのMPに曝露されているかを評価するための実験をするなどし,その成果を科学誌「nature food」(2020年10月19日)に発表した。

 研究によると,ポリプロピレン製哺乳瓶で,1リットル当たり最大1620万個のMPが放出されていた。哺乳瓶を殺菌し,湯を注ぎ込むことが放出を促進させた。世界48地域(世界人口の77.6%を占める)で,1歳児の潜在的なMP曝露量は1日1人当たり1万4600~455万個だった。チームは,粉ミルク調合で使用されるポリプロピレン製品の普及によって,乳児のMP曝露が予想以上の高水準にあるため,MPの曝露が乳児の健康にどうリスクを及ぼしているかを緊急調査する必要があると訴えている。

 では,リ研究員らのチームはどういう実験をしたのか。

 世界保健機関(WHO)が推奨する洗浄,殺菌,混合の方法を含む,一般的な粉ミルク調合方法にしたがって実験をおこなった。新品の哺乳瓶10個(世界で使用されている代表的なもの)を使い,「哺乳瓶を3回洗浄→95℃の脱イオン水(水に含まれるカルシムイオンなどの不純物を除去した純水)の入ったガラス容器に5分間浸す→25℃の温度下で30分間空気乾燥→70℃の脱イオン水注入→毎分180回転の振動装置で60秒振動→冷ました水を孔径0.8µmの金被膜フィルターで濾過」という手順で進められた。

 実験結果は次のようになった。

20210625_table1.png 瓶本体と本体内部にある球状の「重り」(注:ストローとつながり,上や横の向きでも逆さになっても,ボトル内のミルクが飲めるようになっている吸い取り口)などの付属品がいずれもポリプロピレン製である8つからは,ポリプロピレンのMPが1リットル当たり131万個(±13万個)から1620万個(±130万個)が放出されていた。重りとリングの付属品のみがポリプロピレン製の哺乳瓶2つからは,6万9700個(±9800個)と26万7000個(±1万5000個)が放出された。これらの数値は,WHOが飲料水の低リスクMP曝露とする基準(0.001~1000個/リットル)と比べると際立つ多さだ。測定されたMP量の水準は,対照群のバックグラウンド・レベル(170個±54個/リットル)よりも3桁から5桁高い。したがってポリプロピレン製哺乳瓶製品が主なMP放出源と確認できたとしている(表1)。

 チームは,ポリプロピレン製哺乳瓶製品の世界的シェアの43%以上を占める3種類を選び,さらに実験を重ねた。3種類の製品に25℃と40℃と70℃,95℃の脱イオン水に浸すと,水温が高いほどMPの放出量が多かった。

 繰り返し使用を想定した21日間の検査では,3つともMP放出量が周期的に変動した。チームは,ポリプロピレンが結晶と非結晶の多層構造であり,おそらく,水中で結晶構造が少しずつ分解され,分解速度が速い非結晶部がむき出しになってMP放出量が増えたためだとみている。MP放出量は,変動が激しいが,最低水準でも1リットル当たり64万個超になるという。

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 チームは,実験データと非母乳育児率,乳摂取量を組み合わせ,48地域の1歳児のMP曝露量を見積もった。乳児1人が毎日
摂取する平均MP量は158万個(48地域は1万4600個から455万個の範囲にある)となった。大人が水や食料,空気から摂取する量(1日最大600個)の約2600倍に相当する(「マイクロプラスチックの人の体内への摂取と弊害は少ない?~オランダの研究者らが現在のプラスチック汚染水準からの計算結果に基づき推定」参照)。アフリカとアジアの乳児は,MPの潜在的曝露が低水準で,それぞれ1日当たり52万7000個と89万3000個である。南アメリカは曝露が中水準で,1日当たり101万個である一方,オセアニア(大洋州),北アメリカ,ヨーロッパは高水準で,それぞれ1日当たり210万個,228万個,261万個となっている(表2)。

 こうした数値は信頼性がかなり高いと思われるが,絶対ではない。チームは,利用できるデータの限界があることに加え,哺乳瓶製品の市場シェアが地域や時間によるバラつきがあり,MP曝露水準には不確実性が避けられないと注記している。

 不確実性があるというものの,MP曝露量水準が地域によってかなり違っている。なぜか。

 それは,母乳育児率,それにポリプロピレン製製品の選好に関係するとチームは説明する。たとえば,MP曝露と母乳育児率はみごとに直線的な相関関係がある。曝露水準は先進国が高く,発展途上国が低い。これは1人当たりの国内総生産(GDP)が倍になると母乳育児率が10%下がるという説に合致する。母乳育児率が同じくらいの地域では,平均的曝露量は哺乳瓶製品の地域的な選好によるという。

 さらに,チームは出生後から1年間で乳児がどのくらいMPに曝露するかを調べるため,イギリスとアメリカ,ブラジル,インド,中国の5か国の1人当たりの平均MP曝露量を見積もった。誕生1日目に最大で43万個に達し,先進国(イギリスとアメリカ)では摂取量は月を経るごとに増え,乳児の食欲が高まる生後5~6か月目に最大値になる。生後6~7か月目になると補助食品が使われ,粉ミルクの摂取量が減り,MP曝露水準も下がる。しかし,生後1年に近づくと曝露は再び高まる。母乳で育てていた母親たちの職場復帰がいくぶん影響し,母乳で育てられていた乳児たちがボトル授乳へと変わったからとみている。

 MPよりさらに小さなプラスチック粒子が放出されているのではないか。プラスチック製品に囲まれた現代生活では,MP曝露量はもっと多いのではないか。そうした疑問が生まれるのは当然だろう。

 チームは,今回の実験ではフィルターの孔径が0.8 µmであったため,ナノプラスチック(NP:大きさ100nm(0.1µm)以下)は計測できず,プラスチック曝露が過小評価になる傾向があったという。ポリプロピレン製電気ケトルで湯を沸かしたり,粉ミルクや母乳を入れたポリプロピレン製哺乳瓶を電子レンジで温めたりするなどしてもMPが放出されると指摘する。

 そのうえでチームは主張する。ポリプロピレン製哺乳瓶が広まる中,ポリプロピレンではない製品を使って殺菌するなどして,粉ミルク中に発生するMPとNPを抑制することが重要だ。しかし,日常食の保管・調理用のプラスチック製品の普及と,今回テストしたプロピレン製品のどれもMPをたくさん放出したという事実からすれば,急いで技術的な抑制策を創出していく必要がある。

 とはいうものの,プラスチック製品を安全に使うための効果的な戦略と方法は,明確なMPのリスク評価を基礎としなければならない。チームは,早急に,人の健康へのMPとNPの潜在的なリスクを評価し,水や環境中で簡単に分解しない製品を生み出すプラスチック技術を開発していく必要があると指摘している。

 一方,イタリアのサン・ジョバンニ・カリビタ・ファテベネフラテッリ病院のアントニオ・ラグサ産婦人科部長らの研究チームは,人の6つの胎盤を調べ,12個のMPを検出した。人の胎盤からMPを初めて検出した成果は科学誌「Environment International」(2020年12月12月2日)に発表された。

 チームは,倫理的な許可を受けるなどしたうえで,6人の妊婦から研究参加のインフォームドコンセント(注:十分な説明と同意)をおこなったという。胎盤のプラスチック汚染を防ぐため,「プラスチック・フリー(プラスチックなし)」の手順に従った。産科医と助産師は分娩中の女性に対応する際に綿製手袋を使い,分娩室では綿製タオルで妊婦のベッドを覆った。また,出産後の出血を計るためのバッグは,分娩中は使わず,出産後に分娩室に持ち込まれた。その時点では,へその緒は留め金で挟み,金属ハサミで切断していたため,プラスチックとの接触はなかった。さらに,病理学者は綿製手袋で金属メスを使った。出産後,胎盤は金属容器に移され,母体側と胎児側,絨毛膜羊膜の部位からそれぞれ一部分が切り取られ,マイナス20℃の温度下において蓋つきガラス瓶に保存されていた。

 保存された胎盤のうち,4人の胎盤から見つかった12個のMPの内訳は,胎児側部位から5個,母体側部位から4個,絨毛膜羊膜から3個だった。大きさは,10個が10 µm以下,2個が5 µm以下だった。すべてのMPが着色されていた。胎盤の一部の部位を分析していることから,胎盤全体にあるMPはもっと多いかもしれないと推測する。

 MPはどういう経路で胎盤に達したのだろうか。チームは,MPすべてが大きさ10 µm以下であり,血流に移行可能であるとしながらも,MPがどう血流に到達するか,またMPの経路が呼吸器系か消化器系かは確かめていないという。

 ただ,チームはこう指摘する。胎盤組織におけるMPの存在は,自己寛容(注:免疫システムが自己のタンパク質や組織を認識しても反応・攻撃をしないこと)という免疫メカニズムの見直しを迫る。胎盤は胎児と環境をつなぐものであり,胚と胎児は,一連の複雑な反応によって,母体内環境それに間接的ではあるが母体外環境に適応していく。しかし,この一連の反応で重要な部分は,自己と非自己を識別する能力であるが,MPの存在がその能力を攪乱するかもしれない。

 MPは血流に入り,M細胞を媒介して,または細胞間輸送によって,母体の呼吸器系や消化器系から胎盤に達している可能性がある(「海洋プラスチック研究最前線:4.マイクロプラスチックのヒトへの影響」参照)。

 こうした点を指摘したチームは最後に記す。

 今回の研究は人のMP曝露に新しい光を当てた。胎盤は,胎児の成長を支え,胎児と外部環境をつなぐという重要な機能がある。このため,外因的かつ潜在的に有害な(プラスチック)粒子が胎盤にあることは,(こうした機能に対して)重大な懸念となると思われる。可塑剤が代謝と生殖に与える影響が,世代を超えて妊娠結果と胎児に及ぶと考えられる。人の胎盤にあるMPが,免疫反応を引き起こし,毒物汚染を促進させ,その結果として妊娠に害を及ぼすかもしれない。

 MPの曝露は,成人だけでなく,胚から胎児,それに乳児までに広がっている可能性があることがわかってきた。さらに詳細な研究を進め,有害性を見極めることはもちろん,早急に曝露抑制方法を探らないといけない。また,汚染の実態がつかめていない,MPより小さなNPの採取・測定方法の開発も急がれる。

(文責:三島勇)