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2023.06.20

環境と持続可能性を考える -8-:国外の情勢 (7)  国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(2)

 欧米のプラスチック規制が進んだ背景として科学的知見の蓄積がある。人工物であるプラスチックの危険性は,鳥や水生生物による誤食,漁具への絡まりなどが知られていた。特に2005年以後になって,自然界に拡散しているプラスチックに関する研究が増加し,予防原則にたったリスク管理の面から問題視されるようになった。
 2018年1月にイギリスは2042年までに不要なプラスチック廃棄物をゼロにする「25年の長期環境計画」を公表した。続いて欧州委員会も同月に,2030年までにEU域内で使用される全てのプラスチック製の容器や包装材をリユースまたはリサイクル可能なものにし,使い捨てプラスチック製品を削減するなどの目標を盛り込んだ「循環経済における欧州プラスチック戦略」を取りまとめた(*1)。


<プラスチック汚染に関する研究の蓄積>

2000年代の終わり頃になって,小さなプラスチック粒子が海洋で大きな問題を引き起こす可能性があることや,環境や野生生物へのプラスチックを通した化学物質の意向や放出の危険性が指摘されるようになった(*2)。そして海洋でプラスチック,特にマイクロプラスチックが最終的にどこに行くのかがわからない中で(*3),全球での海洋表層のマイクロプラスチックの分布を明らかにしようという試みが行われ始めていた(*4)。東アジア海域ではマイクロプラスチックの表層密度が世界の平均的な密度に比べ大きく上回ること,サイズが小さくなればなるほど実測値と合わなくなり行方が分からないことや,海域面積が大きな比率を占める南大洋においてかなりの数のプラスチックが分布していることが明らかになった(*5)。さらに,海で始まったマイクロプラスチックの問題は,淡水生態系においても議論が進んできた(*6)。

特に注目されるようになったのは,陸から海へのプラスチックゴミの流出量が膨大で,2010年に沿岸国192か国で2.75億トンのプラスチック廃棄物が発生し,そのうち荒い試算ではあるが,480万から1270万トンが海に流入したとされ,このまま管理が行き届かない場合,海洋に流出するプラスチックの累積量は2025年までに一桁増加すると発表され(*7),さらに,現在の生産と廃棄物管理の傾向が続けば、2050年までにおよそ1.2万トンのプラスチック廃棄物が埋立地か自然界に排出されるとの報告があったことである(*8)。

2015年ごろになると,海洋や自然の保護・保全活動を行う国際NGOなどがプラスチックの危険性に警鐘を鳴らす活動を加速(*9)。加えて,国連環境計画(UNEP)や国連食糧農業機関(FAO)などもプラスチック問題に本格的に動き出していた(*10)。また,世界保健機構(WHO)が2019年に公表した飲料水中のマイクロプラスチックに関する報告書は衆目を集めた(*11)。こうした研究の蓄積が世界各国の政策立案者を動かすことになった。

<海洋プラスチック憲章>

UNEP(2018)の「使い捨てプラスチック:持続可能性への道筋」(*12)で,プラスチック製品について産業ごとに区分したところでは,全体量の約4割にあたる36%が容器包装であること,人口一人当たりのプラスチック容器包装の廃棄量は1位がアメリカ,2位が日本,3位がEU28カ国,4位が中国であるなどを総説するとともに,各国の規制の状況をリストして,プラスチックに関する情報の整理を行った。こうした一連の流れの中で,欧州委員会は矢継ぎ早の指令を発出し,プラスチックの規制と資源化に関する動きが加速していった。

2018年6月,カナダ・シャルルボアで行われたG7(先進7カ国首脳会議)では,1)持続可能な設計,生産,使用後の市場,2)回収,管理などのシステムや基盤設備,3)持続可能な生活様式と教育,4)調査,革新そして新技術,5)沿岸や水際線での活動の項目ごとに具体的な目標を設定した「海洋プラスチック憲章」(*13)が議題に挙がった。この中では,例えば,「2030年までに100%のプラスチックが再使用,再生あるいは他の有効な選択肢がない場合には燃焼してエネルギー回収することを可能にするように産業界と協力する」「2030年までにプラスチック製品で再生素材の使用を少なくとも50%増加させる」「2030年までにプラスチック包装の少なくとも55%を再生および再使用し,2040年までに全てのプラスチックをエネルギー回収も含め100%有効利用する」などが宣言されている。この憲章について,フランス・ドイツほか欧州理事会・欧州委員会は署名したが,日本とアメリカは署名せず批判を受けた(*14)。

2019年3月11-15日に,ケニアのナイロビで開催された第4回国連環境総会(UNEA4)では23の決議があり,プラスチックに関連する主なものとして以下があった。持続可能な消費と生産の達成に向けた革新的な筋道,持続可能なビジネスによる環境問題への対応,海洋プラスチックごみとマイクロプラスチック,環境上適正な廃棄物管理,化学物質と廃棄物の適正管理,使い捨てプラスチック汚染対策,「汚染のない地球へ向けて」計画の実施,である。
UNEA4では特に使い捨てプラスチック製品による汚染への対策として,市場での規制などの政策によって,根絶に向けた世界全体の目標の達成を目指す国際的な法令の作成が提案された。つまりこの時期から法的拘束力のあるプラスチック規制,つまり国際的な条約としての規制化が動き始めた。

<アジアで初めて開催されたG20>

海洋プラスチック憲章から1年,2019年6月にG20(G7参加国にEUと新興国12カ国による金融・世界経済に関する会合)が開催される前には,バーゼル条約の規制対象の変更も行われていた。海洋プラスチック憲章に署名しなかった日本は,アジアで初めてのG20議長国として,世界情勢に合わせた海洋プラスチックへの新たな進展を模索せざるを得ない状況であった。そこで政府は,2018年8月,環境省の中央環境審議会循環型社会部門の下にプラスチック資源循環戦略小委員会を設け,2019年2月までの5回の会合で5月には「プラスチック資源循環戦略(*15)」を取りまとめ公開し,足早に国内的整備を行ってG20に臨んだ。ただ,この戦略に関しては,「ゴミ問題」の範疇を超えておらず,「環境問題」として対処する意識が低いことや,欧州のように産業政策の一環として捉えられていないといった批判もある(例えば,枝廣2019(*16))。

G20では,大阪ブルー・オーシャン・ビジョンという,新たなプラスチックごみによる海洋汚染を2050年までにゼロにするといった方向性が示された(*17)。とはいうものの,この達成期限はあまりに遅いというのが各国の受け止めであった。海外の評価は一般的に厳しく,「プラスチック憲章に署名をしなかった日本がどれくらい野心的な目標を提示するかを期待していたが,提示された提案は各国の意見を調整したもので失望した」「日本はプラスチック憲章を超えるものを提示できなかった」というもので,日本国内のメディアの論調とは異なっていた。また,国際NGOのWWFをはじめとする関連団体の批判は厳しいものであった(*18)。

<プラスチック汚染を終わらせる>

2020年11月9日~13日,UNEPは,第4回海洋プラスチックごみ及びマイクロプラスチックに対処するための障害及びオプションを更に精査するための専門家グループ会合(AHEG4)を開催した。AHEG4では,既存の取組や対策において取り払われなければならない障壁の整理,科学的技術的な手法の調和,政策効果の有効性分析,新たな国際的枠組みなどについて議論され,その成果が報告書,議長総括として取りまとめられた(*19)。

2022年2月28日~3月2日,ケニアのナイロビで行われた第5回国連環境総会再開セッション(UNEA5.2)では,環境へのプラスチック汚染が地球規模の喫緊の課題であるとの認識が共有された。そして「プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際約束に向けて」(*20)が採択され,海洋環境を含むプラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)を策定するために政府間交渉委員会(Intergovernmental Negotiating Committee:INC)を設置することを決定。法的拘束力を伴う条約について,2022年9月15日に行われた日経SDGsフォーラム「プラスチック資源循環で目指すカーボンニュートラル」の中で,廃棄物専門家の本多俊一氏(UNEPプログラムオフィサー)は,締結する条件として以下の点を指摘した。「1)縛りの強度,2)資金,3)遵守システムが焦点になる。ただし,一般市民がどう考え反応するかというのが根幹になってくる。」

(文責:野村英明)
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注*)

  1.  欧州委員会(2018): 循環経済におけるプラスチックに関するヨーロッパの戦略(A European Strategy for Plastics in a Circular Economy)(2018年1月16日)
    https://ec.europa.eu/environment/circular-economy/pdf/plastics-strategy.pdf (20230316閲覧)
     粟生木千佳・森田宜典(2018): EUプラスチック戦略と関連の循環経済国際動向. 廃棄物資源循環学会誌, 29, 286-293.
    本文中にプラスチック対策戦略の具体的な計画がわかりやすく示されている。
  2. Betts, K (2008): Why small plastic particles may pose a big problem in the oceans. Environmental Science & Technology, 42, 24, 8995.
    Gregory, MR (2009): Environmental implications of plastic debris in marine settings―entanglement, ingestion, smothering, hangers-on, hitch-hiking and alien invasions. Philosophical Transactions of the Royal Society B, 364, 2013-2025.
    Teuten, EL, JM Saquing, DRU Knappe, MA Barlaz, S Jonsson, A Björn, SJ Rowland, RC Thompson, TS Galloway, R Yamashita, D Ochi, Y Watanuki, C Moore, PH Viet, TS Tana, M Prudente, R Boonyatumanond, MP Zakaria, K Akkhavong, Y Ogata, H Hirai, S Iwasa, K Mizukawa, Y Hagino, A Imamura, M Saha & H Takada (2009): Transport and release of chemicals from plastics to the environment and to wildlife. Philosophical Transactions of the Royal Society B, 364, 2027-2045.
  3. Andrady, AL (2011): Microplastics in the marine environment. Marine Pollution Bulletin, 62, 1596-1605.
    Cole, M, P Lindeque, C Halsband & TS Galloway (2011): Microplastics as contaminants in the marine environment: A review. Marine Pollution Bulletin, 62, 2588-2597.
  4. Eriksen, M, LCM Lebreton, HS Carson, M Thiel, CJ Moore, JC Borerro, F Galgani, PG Ryan & J Reisser (2014): Plastic pollution in the world's oceans: More than 5 trillion plastic pieces weighing over 250,000 tons afloat at sea. PLOS ONE, 9, e111913.
  5. Isobe, A, K Uchida, T Tokai & S Iwasaki (2015): East Asia seas: A hot spot of pelagic microplastics. Marine Pollution Bulletin, 101, 618-623.
    Isobe, A, K Uchiyama-Matsumoto, K Uchida & T Tokai (2017): Microplastics in the Southern Ocean. Marine Pollution Bulletin, 114, 623-626.
    Wagner, M, C Scherer, D Alvarez-Muñoz, N Brennholt, X Bourrain, S Buchinger, E Fries, C Grosbois, J Klasmeier, T Marti, S Rodriguez-Mozaz, R Urbatzka, AD Vethaak, M Winther-Nielsen & G Reifferscheid (2014): Microplastics in freshwater ecosystems: what we know and what we need to know. Environmental Sciences Europe, 26, 12.
  6. Jambeck, JR, R Geyer, C Wilcox, TR Siegler, M Perryman, A Andrady, R Narayan, KL Law (2015): Plastic waste inputs from land into the ocean. Science, 347, 768-771.
  7. Geyer, R, JR Jambeck & KL Law (2017): Production, use, and fate of all plastics ever made. Science Advances, 3: e1700782.
  8. Ocean Conservancy (2015): Stemming the tide: land-based strategies for a plastic - free ocean.
    https://oceanconservancy.org/wp-content/uploads/2017/04/full-report-stemming-the.pdf(20200817閲覧)
    Ocean Conservancyは海洋自然保護団体でアメリカ・ワシントンDCに拠点を置くNGO。国際海岸クリーンアップ(International Coastal Cleanup : ICC)」などの活動を行なっている。
  9. IUCN (2017): Primary microplastics in the oceans: a Global evaluation of sources (執筆BoucherJ & D Friot).
    https://portals.iucn.org/library/sites/library/files/documents/2017-002-En.pdf(20200817閲覧)
     International Union for Conservation of Nature(IUCN:国際自然保護連合)はスイス・グランに拠点を置く,国際的な自然保護団体で,日本では国際自然保護連合日本委員会を設置し,政府機関として,環境省や外務省もその運営にあたっている。
  10. UNEP(2016): Marine plastic debris & microplastics - Global lessons and research to inspire action and guide policy change.
    https://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/7720(20190708閲覧)
    United Nations Environmental Programme(UNEP)は以前から様々なプラスチックに関する情報を提供している。
    UNEP-FAO (2009): Abandoned, lost or otherwise discarded fishing gear.
    https://www.fao.org/3/i0620e/i0620e.pdf(20191210閲覧)
    UNEP (2014): Valuing plastic: The business case for measuring, managing and disclosing plastic use in the consumer goods industry.
    https://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/9238(20190708閲覧)
  11. WHO (2019): Microplasntics in drinking-water.
    https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/326499/9789241516198-eng.pdf?ua=1(20210312閲覧)
  12. UNEP (2018): Single-use plastics - A roadmap for sustainability -.
    https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/25496/singleUsePlastic_sustainability.pdf?sequence=1&isAllowed=y(20190618閲覧)
  13. 海洋プラスチック憲章(Ocean Plastic Charter)
    https://www.canada.ca/content/dam/eccc/documents/pdf/pollution-waste/ocean-plastics/Ocean%20Plastics%20Charter_EN.pdf (2020/8/19閲覧)
  14. 金子和裕(2019): 2019年環境行政の主な課題について-パリ協定実施指針,廃プラ対策,生物多様性の確保-. 立法と調査, No. 408, 166-184.
    署名しなかった理由として,当時の中川雅治環境大臣は,検証にある期限付きの使用削減の現実については市民生活や産業への影響を慎重に調査,検討する必要があるとした。
    鈴木良典(2020): 海洋プラスチック汚染の現状と対策. リファレンス, No. 829, 4-28.
  15. プラスチック資源循環戦略
    https://www.env.go.jp/content/900513722.pdf (20190821閲覧)
  16. 枝廣淳子(2019): プラスチック汚染とは何か. 岩波書店, 87 pp.
  17. 外務省「G20大阪サミットにおける海洋プラスチックごみ対策に関する成果」
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000529033.pdf(20191106閲覧)
  18. 減プラスチック社会を実現するNGOネットワーク(2019): NGO共同声明| G20大阪ブルー・オーシャン・ビジョンでは不十分|海洋プラ汚染問題解決に向け2030年削減目標付き国際協定早期発足を要請
    記者発表サイト:https://www.wwf.or.jp/activities/statement/4008.html(20230614閲覧)
    NGO共同声明:https://www.wwf.or.jp/activities/data/20190701ocean02.pdf
    11団体(加えて協賛団体数は13)が共同で声明を発表。
  19. 海洋プラスチックごみ及びマイクロプラスチックに関する専門家会合の議長総括(環境省仮訳):
    https://www.env.go.jp/press/files/jp/115115.pdf(20201128閲覧)
    第4回AHEG議長声明概要: Chair's summary for the ad hoc open-ended expert group on marine litter and microplastics (Final Version 13 November 2020)
    https://www.env.go.jp/press/files/jp/115112.pdf(20201128閲覧)
  20. プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際約束に向けて
    環境省(仮訳):
    https://www.env.go.jp/content/000045137.pdf(20230309閲覧)
    UNEA Resolution 5/14 entitled "End plastic pollution: Towards an international legally binding instrument"
    https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/39812/OEWG_PP_1_INF_1_UNEA%20resolution.pdf(20230613閲覧)
    なお,次回の国連環境総会(UNEA6)は2024年2月26日から3月1日にかけて行われる。