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2023.07.07

環境と持続可能性を考える -9-:国外の情勢 (8)  国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(3)

2022年の国連環境総会(UNEA5.2)の決議「プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際約束に向けて」の実現に向けて,条約を2025年までに締結するために設置された「海洋環境を含むプラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)を策定するために政府間交渉委員会(Intergovernmental Negotiating CommitteeINC)」。最初の会合(INC1)は,同年11月,ウルグアイで開催された。そして,2023年,第2回会合がパリで開催されたが,世界共通の目標を定めるまでの方向性が話し合われた中で意識の違いが明確になった。ただ,こうした意識の違いをお互いに認識し合うことは今後の話し合いで突破口を開くには大切なことだ。会議は2024年末までに5回行われ,2025年以降に条約の採択を目指す。


<高い野心連合>

2022228日~32日,ケニアのナイロビで行われた第5回国連環境総会再開セッション(UNEA5.2)の「プラスチック汚染根絶のための国際条約決議」を受けて,8月にプラスチック対策に積極的なノルウェーとルワンダの呼びかけで,「持続可能な水準のプラスチックの生産・消費,資源循環の促進,プラスチックごみの適正管理などを追求する国家グループ(プラスチック汚染を終わらせるための高い野心連合:High Ambition Coalition to end plastic pollution (HAC)(1)が発足した。

HACは生産規制から廃棄管理までの全てを網羅する規制を求めている。これ対し,日本の主張は廃棄段階に軸足を置いており,生産規制には踏み込んだ内容ではなく,互いの主張はかけ離れたものがあった。日本は国ごとの事情の即したプラスチック削減を求めるという立場を示していたため,早急な対策を目指す国々やNGOからは条約に消極的な国とみなされていた。ところが,INC2開催直前の2023年526日になって日本はHACへの加盟を発表。

日本が参加した理由として,「どんな形であれ,まず条約を作ることが優先」(環境省幹部)とし(2023.6.4,朝日新聞),できるだけ多くの国が参画する実効的かつ進歩的な条約の策定に貢献をすることが重要という考えであった(例えば,経済産業省発表(2))。これまで消極的な態度表明を続けた経緯から,グリーンピースなどの環境団体は参加に歓迎を表明した。その一方で,日本が本当に建設的な立場をとるのか,懸念も示していた(3)

<海洋環境を含むプラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)を策定するために政府間交渉委員会(Intergovernmental Negotiating CommitteeINC)第1回>

1INCが,20221128日~122日,ウルグアイのプンタ・デル・エステで開催された。本会議では,法的拘束力のある条約に向けて,今後の議論の方向性をある程度見極めるために,議論に制約を設けない,すなわち自由な発言のできる作業部会とし,また,プロセスに必要な科学的な情報整理が要請され,「プラスチック科学」(4)が提出された。交渉では,プラスチックの生産から廃棄までのライフサイクル全体で削減に取り組む方向でほぼ一致した。

なお,HACは消費や生産を「持続可能な水準」に抑えることや,有害な添加物の禁止などで共通ルールを導入するよう主張。一方,産油国からは「プラスチックは社会で重要な役割を担っている」とし,廃棄物対策に重点を置くべきで,各国の国情に合わせて自主的な目標を積み上げるべきだとの声が上がった。会合参加者は「プラスチックの製造段階での規制は対立点」とみていた(202317日付,朝日新聞)。

INC2

2回政府間交渉委員会(INC2)は2023529日から62までフランス・パリで開催された。今回の会議では,INC3までに議長が交渉のたたき台となる草案を作ることが合意された。しかし,世界に共通の目標を掲げるとして,一律な規制やライフサイクルへの規制の包括度合いといったことに関して政府間の合意の困難さも明らかになった。

日本はG20大阪サミットで「大阪ブルー・オーシャン・ビジョン」を発表し2050年までに新たな海洋汚染ゼロを掲げた(*5)。しかし,HACは2040年までと10年の前倒しを求めていることから発言が注目されていたが,急遽加盟した日本はここにきて2040年までに追加的な汚染をゼロに削減することを目標とすべきである旨,前倒しを提案した。一方で,「生産,消費の段階に求められる取り組みを各加盟国の実情に合わせて実施すべきだ」(西村明宏環境相)とし,各国の自主的な削減計画に任せる形を求めた(2023.6.4朝日新聞)。

会合に参加したNGOグリーンピース・ジャパンの小池宏隆氏は,「『条約は国別行動計画(NAP)を中心とし,循環経済の構築や持続可能なデザインの促進をすべき』という主旨の発言があるなど,日本政府は依然としてプラスチックの生産規制に消極的な姿勢。加速するプラスチック生産に制限をかけなければ汚染は止められないため,日本政府には今後,生産規制を含めより実行的な条約実現のために行動することを求める」(*6)。各国の意見書によると,欧州などはプラごみの削減目標などの世界共通の基準を盛り込むことを支持。規制範囲は原料の生産量まで含め,元を絶とうとする意見だ。

世界自然保護基金(WWF)によれば(*7),参加約180カ国の中で,プラスチック汚染の根絶に向けてすべての国に適応される国際ルールの導入を135カ国が明確に支持し,さらに94カ国が問題のあるプラスチック製品や素材,あるいは化学物質の禁止を優先させるよう求めたとしている。一方で,WWFは「複数の国々が既に合意された意思決定プロセスに異議を唱え、議論を遅らせることになる拒否権の導入を画策したことなどに懸念を示す」という。グリーンピースUSAのグラハム・フォーブス氏も(*6),「産油国や化石燃料業界が規制条約を弱体化し交渉を遅らせている。プラスチック汚染と気候危機は表裏一体の関係にあり,条約はプラスチック生産規制に正面から取り組まなければならない」,と指摘している。前稿でUNEPの本多俊一氏が締結の条件として指摘した「縛りの強度」に次ぐ「資金」に関しては(*8),日本を含むいくつかの国から,既存基金を最大限に活用し,最も支援を必要とする国への支援を行うべきとの意見が出された一方,多くの国が専用基金の設置を主張した。

現時点では海からのプラスチックごみの回収はほぼ無理とされているが,ごみの溜まりやすい場所を集中的に清掃することはでき,実際にプラスチックごみの集めやすい水圏表層では行われている(例えばthe Ocean Cleanup Foundation(*9))。法的拘束力のある規制にかかるルールづくりに情報を提供している「プラスチック科学」(*4)では,自然界への流出直前のプラスチックの回収についても言及されている。その経済的負担をどうするかは課題だ。しかし,海の自然資本についての経済的損失の見積もりや,早いうちに手をつけることがごみの削減をより進めるだけでなく,結果的には経済的な出費も小さくなるという研究がある(*10)。手続き論を先行するとさらに手遅れになるというのが規制強化に動いている国々の認識ではないだろうか。

さて,中国から始まったプラスチック廃棄物の輸入規制は,アジア各国でも規制の方向に動き,日本では「プラスチック新法」が施行された(*11)。そうした情勢とともに産業界の動きも活発化している。例えば,国際展開する企業が加盟している「世界規模のプラスチック協約に関する企業連合(Business Coalition for Global Plastics Treaty)(*12)」が強く求めている世界規模での義務的な国際ルールや規制は,企業としては納得の主張だ。国によって異なる規制や対策が実施されると,それぞれの規格に合わせた商品提供を考える必要があり,そのことが資源の大きな無駄を生んだり,公正な競争環境が損なわれるということにつながる。そのため,世界で一律のルールがある方が効率的ということだ。この点は今後のプラスチック削減を推進する上で必要な視点だ。

次回INCまでには議長が議論のたたき台となる草案を作ることが合意された。また,今回十分議論が尽くされなかった課題については,第3回の事前に会合が行われることが決まった。会議は2024年末までに5回行われ(第3回:2023年11月にケニア・ナイロビ,第4回:2024年4月にカナダ・オタワ,第5回:2024年10月または11月に韓国),2025年以降に条約の採択を目指す。

文責:野村英明

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注*)

  1. プラスチック汚染を終わらせるための高い野心連合(High Ambition Coalition to end plastic pollution:HAC): 加盟国は2023年5月時点で,欧州,アフリカ,中南米など日本を含む55カ国。プラスチックの生産から廃棄までのライフサイクルのすべての段階において対策を求めている。
    https://hactoendplasticpollution.org (20230620閲覧)
  2. 経済産業省(2023年5月29日:同時発表:外務省・環境省): プラスチック汚染対策の条約策定交渉に関する高野心連合(HAC)へ参加します
    https://www.meti.go.jp/press/2023/05/20230526005/20230526005.html(20230620閲覧)
  3. グリーンピース・ジャパン(2023年5月27日): 野心的なプラスチック条約実現への動きを歓迎 日本政府「プラスチック汚染に関する高野心連合」参加を表明
    https://www.greenpeace.org/japan/campaigns/press-release/2023/05/27/63180/(20230620閲覧)
  4. プラスチック科学(Plastic Science)
    著者訳(一部の図表は割愛,原文は下記URL参照)
    プラスチック科学:UNEP20220913_Plastic_Science_JP.pdf
    プラスチック科学(表):UNEP2022_Plastic_Sciences_tables_JP.pdf
    UNEP(2022): Plastics science
    https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/41263/Plastic_Science_E.pdf(20221206閲覧)
    プラスチック科学で示された4つの戦略的目標は次のとおりである。
    1) 有害な添加物を含む,問題のある不必要なプラスチック製品を排除して代替していくことにより,問題の規模を縮⼩する。
    2) プラスチック製品が循環する設計にする(最優先事項として再利⽤可能であり,耐⽤年数の終わりまで複数回使⽤した後はリサイクル可能または堆肥化可能)。
    3)プラスチック製品が実際に,再使⽤,再⽣利⽤,堆肥化といった循環を確実にすることで,経済におけるプラスチック⽣活環のループを閉じる。
    4)再使⽤あるいは再⽣利⽤できない(既存の汚染を含む)プラスチックを,環境的に責任の取れるやり⽅で制御する。
  5. 外務省「G20大阪サミットにおける海洋プラスチックごみ対策に関する成果」
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000529033.pdf(20191106閲覧)
  6. グリーンピース・ジャパン: 日本プラ生産規制に消極的姿勢目立つ,汚染根絶のためより野心的な行動をー国際プラスチック条約第2回政府間交渉委員会が閉幕.(2023年6月3日)
    https://www.greenpeace.org/japan/campaigns/press-release/2023/06/03/63270/(20230604閲覧)
  7. WWF(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金)声明(2023年6月5日)
    https://www.wwf.or.jp/activities/statement/5331.html(20230605日閲覧)
  8. 環境と持続可能性を考える -8-:国外の情勢 (7)  国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(2)
    https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2023/06/--8--7-2.html
  9. The Ocean Cleanup Foundation
    https://theoceancleanup.com
  10. Cordier, M & T Uehara (2019): How much innovation is needed to protect the ocean from plastic contamination? Science of the Total Environment, 670, 789-799.
    Beaumont, NJ, M Aanesen, MC Austen, T Börger, JR. Clark, M Cole, T Hooper, PK Lindeque, C Pascoe & KJ Wyles (2019): Global ecological, social and economic impacts of marine plastic. Marine Pollution Bulletin, 142, 189-195.
  11. 2022年4月から動き出す「プラスチック資源循環促進法」はどんな法律
    https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2022/02/20224.html
    「プラスチック資源循環促進法」で変わるプラスチックごみの回収
    https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2022/02/post-40.html
  12. 世界規模のプラスチック協約に関する企業連合(Business Coalition for Global Plastics Treaty
    https://www.businessforplasticstreaty.org(20230620閲覧)