環境と持続可能性を考える -7-:国外の情勢 (6) 国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(1)
ここまで2015年に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」,主にSDGsに着目してきた。本稿ではその続きは一旦置き,2015年前後からの「プラスチックの規制」に関連する欧州ほかの国際情勢に着目する。これらをプラスチック対策おけるSDGsとの関連を知る上で予備的な知識としたい。
<循環経済,グリーン経済の本格始動>
欧州委員会では2000年頃から,資源の効率的活用と省資源化,特に化石資源の利用を減らし,低炭素型経済への移行への議論が進められてきた。2010年には「欧州2020(Europe 2020)(*1)が政策として打ち出され,その中で,環境配慮と低炭素型の経済への流れとして循環経済(サーキュラーエコノミー)(*2)戦略として立ち上がった(*3)。すなわち,プラスチックの規制が温室効果ガス排出規制と一体的な文脈となってきた。
翌年2011年,国連環境計画(UNEP)は「グリーン経済(Green Economy)」に関する指針を発表し(*4),温室効果ガスや廃棄物の削減などの環境対策を行いつつ経済を発展させることに向けた包括的な将来像を示した。このころには,プラスチック問題は地球規模の環境問題の中の一つに組み込まれ,個別の課題ではなく,互いに関連する地球環境問題の一つであり,同時並行的のそれらの問題を包括的に解決する必要があるという意識が,少なくとも国際社会では意識されつつありそのことが表面化してきた。
こうした国際社会の流れに即座に反応したプラスチックの関連業界は国際的に連携した宣言活動を2011年に開始(Global Plastic Alliance),さらに2014年からはロビー活動を強化した(World Plastic Council)。また,国際展開する企業の大手約30社は2019年には海洋プラスチック削減のためのNGO「Alliance to End Plastic Waste: AEPW」を立ち上げ,プラスチックの再生を推進しようとして動いている。欧米を中心に国際展開する企業は企業価値を上げるために廃棄されるプラスチック問題に取り組む企業が早い時期から活動を開始していた。過去に国連やその関連組織が企業の責任あるいは責任ある投資に関して議論を開始していたことが,こうした動きにつながっていったと考えられる。
<G7ドイツ・エルマウサミット以後の国際社会>
2015年6月,ドイツ・エルマウで行われた先進7カ国首脳会議(G7)の首脳宣言の中で,海洋環境の保護について,海洋および沿岸の生物と生態系に,そして潜在的に人間の健康にも影響しうる海洋ごみ,特にプラスチックごみが全球規模の課題になっていることを認識し,世界共通の課題として効果的な取り組みを強化推進するとしている。この際,G7は,附属書(*5)を公表し,陸と海で発生する海洋ごみの発生源対策,回収処理活動,教育,研究,啓発活動について順位づけをして取り組むとした。
2015年12月,欧州委員会は「循環経済行動計画」(*6)を発表し,プラスチックによる環境負荷と経済活動を同時に実行することを発信し,明確にプラスチックの削減と資源化を打ち出した。もともと欧州委員会は先述の「欧州2020」に基づき,フラッグシップ・イニシアティブの一つとして「資源効率的な欧州(*7)」を掲げ,「循環経済」に舵を切っていた。これはその後の世界のプラスチックに関する施策を大きく方向づけるものであった。つまり,欧州連合ではプラスチックの資源化について世界標準を確立することで経済的主導権を取ろうとする試みがあり,SDGsの設定前からプラスチックのライフサイクル全般を視野に入れた資源化への取り組みが日本に比べて早いペースで進んでいたことは明らかである。
2016年1月,エレンマッカーサー財団は世界経済フォーラムに向けて,報告書「新しいプラスチック経済(the new plastic economy)」(*8)を発表した。この報告は世界経済フォーラム(通称,ダボス会議)で大きく取り上げられ,世界の衆目を集めた。その内容で特に目につくものは,2014年に比べ,2050年には,1)海洋中のプラスチック量が魚の量以上に増加する,2)石油消費量のうち,プラスチックの割合が20%以上になる,3)炭素収支でプラスチックが占める割合が15%に上昇する,などというもので,特に1)については,その後も多く引用されている。2016年4月にはOECD「拡大生産者責任」ガイドラインが更新されたことも注目された(*9)。
欧米での様々なプラスチック対策は足早に進んだ。アメリカ連邦議会では2015年末,洗顔料や歯磨き粉などに含まれるプラスチック粒子(マイクロビーズ)の使用を禁じる法案にオバマ大統領が署名して成立。2017年7月から全国で段階的に規制をはじめ,原則として製品への使用を禁止し,翌2018年7月にはマイクロビーズを含む製品の販売を禁止した。フランスでは2016年からレジ袋の使用を禁止するとともに2020年には使い捨てプラスチック容器の使用を原則禁止する法律が成立している(*10)。なお,デンマークは1994年にはすでにレジ袋規制のための方策(供給者への課税)を開始していた(*11)。
循環経済行動計画を受けて,欧州委員会は2018年1月16日,「循環経済におけるプラスチックのための欧州戦略」(*12)を公表.その後,「特定のプラスチック製品による環境への影響の低減に関する欧州議会および理事会の指令(案)」を修正し(*13),2019年に発表した。この指令では,製品として,飲料容器,食品容器,タバコの吸殻,綿棒,ストロー,買い物袋(レジ袋)フォークやスプーンなどのカトラリー,風船等の使い捨てプラスチック製品,酸化型分解性プラスチックおよびプラスチックを含む漁具を対象としている。指令は加盟国が措置を講ずべき事項として,「拡大生産者責任(*9)」「消費削減」「流通禁止」「製品要件」「表示要件」「分別回収」「意識向上」の7つを規定し,プラスチック製品の種類ごとに,適応する措置を定めている(*3)。
<アジア・アフリカ諸国の対応>
先進国においてプラスチック廃棄物への対策が加速したさらなる理由としては,それまでプラスチック廃棄物をリサイクル処理の名目で先進国からの廃棄物を受け入れていたアジア・アフリカ諸国の対応の変化がある。
プラスチック廃棄物に関連して,レジ袋・発泡スチロール製品の規制を導入した国は,バングラデッシュ(2002年),南アフリカ(2003年),エリトリア(2005),タンザニア(2006年),ボツワナ,エチオピア(2007)など,かなり早い時期から始めていた(*11)。例えばバングラデッシュでは,1989年の大洪水が排水システムの通水をレジ袋の流入で遮られたことが原因と判明したことから,レジ袋の使用を2002年に禁止した。発展途上の国々では自前でプラスチックを処理する施設や資金が十分でないことも多く,プラスチック廃棄物問題は環境や健康という面で無視できない重要な課題となっていた。アフリカ諸国で見られる使用禁止といった思い切った規制はそうした理由によることも多かった。
2016年5月に行われたAPECの会議で,海洋ごみによる経済的損失は年間で12.6億ドル以上に上ると推定し,その対策に本腰を入れることが表明された(*14)。2017年には中国政府が有害で生活環境に重大な危険をもたらすことを理由に徐々に規制を強化し始め,2018年12月には工業由来の廃プラスチック等の輸入も停止した。同年には,タイも輸入制限を強化しプラスチック輸入の一律禁止の検討を表明,マレーシアは廃プラスチックへの課税と輸入許可基準を厳格化した。
OECDの2018年のレポートを見ると,EUからの廃棄物の輸出先は2017年3月には中国が急減し,そのあとマレーシア,ついでベトナムに変わったが,いずれの輸出先を積算しても,廃棄物の輸出は2016年の半分程度の水準になった(*15)。
さらに2019年5月には「有害廃棄物の国境を越える移動及びその処分の規制に関するバーゼル条約」の第14回締約国会議(COP14)で,規制対象にプラスチック製品の廃棄物が加わった。このことで,汚れていたり,他の種類のゴミが混入していて,再生に適さない廃棄物を規制することになった(*16)。
輸入規制がアジア各国で導入されると,日本では廃プラスチックが国内で行き場を失い,国内での処理を急ぐ必要が出てきた(*10, 17)。廃棄物としてのプラスチックの世界での貿易は,中国をはじめとしたアジア・アフリカ地域での輸入規制とバーゼル条約の二つのことで様変わりした。
こうした廃棄物規制と同時にマイクロプラスチックの扱い方にも変化が見られた。2017年12月,ケニアのナイロビで第3回国連環境総会(UNEA3)が開催され,閣僚宣言「汚染のない地球へ向けて」が採択された。14の決議等が採択され,特に,海洋ごみに関する決議では,海洋プラスチックごみ及びマイクロプラスチックに対処するための障害及びオプションを更に精査するための専門家グループ会合(AHEG)(*18)を招集することが決定された。このことは,これまでプラスチックごみと一括りになっていたボトルや漁具などの大きなプラスチック廃棄物とマイクロプラスチック(*19)をリスクの観点から区別して考えるようになってきたことを示している。
(文責:野村英明)
注*)
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Europe 2020 - A strategy for smart, sustainable and inclusive growth
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52010DC2020(20230428閲覧) - 循環経済: 下記サイトの注10を参照。
https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2023/01/--6--5sdgs.html - 濱野恵(2019):EUの海洋ごみ対策及び循環経済への転換に向けた取り組みー特定のプラスチック製品による環境への影響を低減する指令―. 外国の立法,No. 282, 45-74.
- UNEPは「グリーン経済」を様々な取り組みの結果の一つとして定義づけている:すなわち,「様々な取り組みによって,有意に環境的リスクおよび生態学的知見の不足部分を減らしつつ,人類の福利と社会的公平が改善された結果」としている。下は指針の全文,次は政策立案者向けのまとめ。
Towards a Green Economy: Pathways to sustainable development and poverty eradication
https://all62.jp/ecoacademy/images/15/green_economy_report.pdf (20211105閲覧)
Towards a Green Economy: Pathways to sustainable development and poverty eradication - A synthesis for policy makers -
https://sustainabledevelopment.un.org/content/documents/126GER_synthesis_en.pdf (20211105閲覧) - G7エルマウサミット首脳宣言附属書:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000084023.pdf (20230316閲覧) - 循環経済行動計画: この政策文書と関連した欧州委員会の指令で構成されるものを含め「循環経済パッケージ」という。
https://environment.ec.europa.eu/topics/circular-economy/first-circular-economy-action-plan_en (20230316閲覧)
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:52015DC0614 (20230316閲覧) - 欧州委員会(2011年1月26日)指令:A resource-efficient Europe - Flagship initiative under the Europe 2020 Strategy
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52011DC0021&from=EN (20221108閲覧)
欧州委員会(2011年9月20日)指令:Roadmap to a Resource Efficient Europe
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52011DC0571&from=EN (20221108閲覧) - Ellen MacArhur Foundation (2016): The New Plastics Economy: Rethinking the Future of Plastics.
https://emf.thirdlight.com/file/24/_A-BkCs_skP18I_Am1g_JWxFrX/The%20New%20Plastics%20Economy%3A%20Rethinking%20the%20future%20of%20plastics.pdf (20230327閲覧)
Ellen MacArhur Foundation (2017): The New Plastics Economy: Rethinking the Future of Plastics & Catalysing Action.
https://www.ellenmacarthurfoundation.org/assets/downloads/publications/NPEC-Hybrid_English_22-11-17_Digital.pdf 2020年8月21日閲覧 - OECD(2016): Extended Producer Responsibility - Guidance for efficient waste management -: Policy Highlights.(拡大生産者責任-効果的な廃棄物管理に関する指針:政策の最重要点)
https://www.oecd.org/environment/waste/Extended-producer-responsibility-Policy-Highlights-2016-web.pdf(20230322閲覧)
拡大生産者責任: 生産者は製造した製品が消費者の手に渡り,廃棄された後においても,再使用,再生あるいは適切な処分に至るまで一定程度に負う責任のことをいう。 - 中野かおり(2018): プラスチックごみをめぐる最近の動向--海洋プラスチックごみ問題への取り組み--. 立法と調査,NO.406, 48-57.
- UNEP (2018): Single-use Plastics - A Roadmap for Sustainability -.
https://wedocs.unep.org/bitstream/handle/20.500.11822/25496/singleUsePlastic_sustainability.pdf?sequence=1&isAllowed=y (20190618閲覧) - 欧州委員会(2018): 循環経済におけるプラスチックに関するヨーロッパの戦略(A European Strategy for Plastics in a Circular Economy)(2018年1月16日)
https://ec.europa.eu/environment/circular-economy/pdf/plastics-strategy.pdf (20230316閲覧) - Directive (EU) 2019/904 of the European Parliament and of the Council of 5 June 2019 on the reduction of the impact of certain plastic products on the environment
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2019/904/oj(20230430閲覧)
なお,*3)の濱野(2019)に指令全文の翻訳が公開されている。 - Asia-Pacific Economic Cooperation (APEC)ホームページに掲載された記事「APEC Combats Marine Debris to Secure Ecosystems, Trade」。2016年5月10日,ペルー・アレキパでAPEC海洋と水産に関するワーキンググループは,海洋プラスチック汚染と対峙することを明確にした。
https://www.apec.org/Press/News-Releases/2016/0510_OFWG - Improving Plastics Management: Trends, policy responses, and the role of international co-operation and trade. OECD Environment Policy Papers, No.12, 18 Sep, 2018.
https://www.oecd-ilibrary.org/docserver/c5f7c448-en.pdf?expires=1681276499&id=id&accname=guest&checksum=08BB9081DABBBFA281B1FC57B6B58D5C (20190708閲覧) - バーゼル条約(Basel Convention on the Control of Transboundary Movements of Hazardous Wastes and their Disposal):
有害廃棄物の国際移動を規制する条約で,正式には「有害廃棄物の越境移動およびその処分の管理に関する規制に関するバーゼル条約」という。1970年代から,欧米からアフリカ諸国などの開発途上国に様々な廃棄物が輸送され健康被害や環境問題を生じていたことに端を発しOECDやUNEPが放置できない問題として検討を開始。UNEPが1989年3月にスイス・バーゼルで採択。日本では1993年末に条約が発効。
なお,今回の改正では非規制対象リストに「環境に適切な方法で再生することを目的とし,汚染物や他のゴミがほぼ混在していないプラスチックごみ」が追加された。 - 日本貿易振興機構(JETRO)地域・分析レポート(2019年6月18日): 東南アジア諸国が廃プラスチック輸入規制を強化,日本の輸出量は減少―輸出国側にも規制,求められる国内処理―
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2019/32168afb4b8f0bfe.html(20191105閲覧)
遠藤真弘(2020): 廃プラスチックの輸出入をめぐる状況.リファレンス, No.829, 61-71. - 海洋プラスチックごみ及びマイクロプラスチックに関する専門家会合(ad hoc open-ended expert group:AHEG):
マイクロプラスチックを含む海洋ごみ対策の現状把握や今後の対策展開を検討することを目的として,国連環境計画(UNEP)に設置された組織。 - マイクロプラスチック: 環境と持続性を考える -1-: 1972年「海洋プラスチック汚染元年」の注2を参照。
https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2020/11/-1-1972.html