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2023.01.12

環境と持続可能性を考える -6-:国外の情勢 (5) 持続可能な開発目標(SDGs)

我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ

 2015年9月25日から27日まで「ポスト2015開発アジェンダ」採択のために開かれた国連サミットで,加盟国は「われわれの世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択した(*1)。

 新たなアジェンダはこれまでの地球環境サミットやミレニアム開発目標(MDGs)による成果および課題を踏まえて,MDGsで達成できなかった事業目標に加え,"生態系や地球環境といった人類共有の基盤"により強く焦点を当て,経済・社会・環境に広く配慮した項立てになっており,持続可能性と開発のバランスのとれた目標に向けて活動するように方向づけている。

 さらにアプローチとして,国連の活動の三つの柱,平和と安全,人権,そして持続可能な開発の目標を単一のアジェンダに統合しており,経済や社会の問題に個別に焦点を合わせるというこれまでとは異なる次元に踏み込んでいる。また目標が相互に関連性を持つのも大きな特色で,個別の気候変化対策や生物多様性保全といった既存の条約を事業目標に包括し,環境問題に大きな力が注がれている点は注目すべきことである。

誰一人として取り残さない:持続可能な開発目標群(Sustainable Development Goals:SDGs)

 持続可能な開発目標(SDGs)とは,上記の「アジェンダ2030」の中で示された2030年を達成年とする国際的な目標である。持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットから構成されており,「地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)」ことを宣言している。

 SDGsの目標を大きく括ると「環境と人権」。環境に関して言えば,地球の大きさも太陽から得られるエネルギーも有限なので,地球が支えられる人口は有限であり,その上限は人類を支える「自然資本」(*2)の多寡や質,安定性にも依存するということになる。SDGsでは「誰一人取り残さない」ことで,発展途上にある国々の人々たちに配慮した設計になっている。

 先進国や一部の開発途上国では人口減少の局面にある。一方,世界全体としては人口は増加している(*3)。2022年に80億人を超えた。国連の推計では2050年には約97億人となり,その後100億人を超えると予想されている。地球上の人口はすでに地球の限界(Planetary Boundaries)を超えているとの指摘もあり(*4),先進国では環境意識の高まりが環境負荷削減技術に生かされていくと考えられるが,人口増加の続く地域では自然資本の食いつぶしが続くことは想像に難くない。

 「誰一人取り残さない」ことを目標に開発し続けるとすれば,どこかで限界がくると考えられるが,その点は明確に示されてはいない。したがって,今後のポスト・アジェンダ2030に向けては各国に利益を超えた冷静で理性的な議論と広い分野の科学の集結そして知識の共有が今以上に必要と考えられる。

持続可能性と経済活動の一体化:環境も経済も

 地球サミット以後,1996年に環境マネジメントシステム「ISO14001」(*5)が制定された頃から,それまで欧米以外であまり前面に出ることがなかった企業の社会的責任が注目され始め,社会に対して責任ある企業活動を理念に掲げた会社に投資を促すような流れもできつつあった。2006年,国連の「責任投資原則」(*6)が公表され,続いてESG投資(*7)という考え方が浸透し始めた。

 ここまでプラスチック汚染元年とした1972年(*8)からの流れを見てきた。当時,ローマクラブの「成長の限界」によって,地球環境の限界や持続可能性という考え方が広まった。これは先進国の裕福な人たちが享受している豊かな生活を維持できるかどうかという危機感に端を発したものではあったが(*9),それ以来,欧米では持続可能性への危機感は広く共有されている。

 2015年の「パリ協定」,「2030アジェンダ」が採択されると,大型投資ファンドが化石燃料開発投資から撤退したり,環境NGOが企業の株式を入手して株主総会で化石燃料を扱う企業の活動に異議を唱えるなどの動きが出てきている。欧州の政策が2000年前後から大きく環境を軸に動き出し,さらに経済活動に環境を組み込こんだ国際標準を目指してきたことが,これまでの流れから理解できたのではないかと思う。プラスチックを含む循環経済(サーキュラーエコノミー)(*10)への流れは,欧米各国は経済をめぐる主導権を取るために長期的で野心的な方向性を明確に示している。「環境か経済か」から「環境も経済も」である。

 環境や人権意識の高まりと金融緩和かの余剰マネーによって金融市場ではESG投資が拡大してきた。ただESGの評価は難しく,投資は企業の実態の見極めが必要だが,近年は国連が打ち出した方針に沿った形での投資先の選別が行われるようになってきたとされる。ESG投資の先行していた欧米では,最初は主に人権に関わる企業活動に焦点が当たっていた。しかし,自然資本の不適切利用は同時に人権問題を抱えている場合がある。そのことから,これまでよりもESGのEの環境,特に自然資本に対して厳しい目が向けられることで,投資を通して自然資本の保護を目指す流れが出てきている。

 環境として気候変化に並んで,今後さらに重要になるのは生物多様性の保全である。

 2022年11月,第27回国連気候変化枠組み条約締約国会議(COP27)では,脱炭素を中心とする気候変化の問題と,生物多様性の保全を目指す環境問題はリンクする課題が多くあり,絶滅危惧種の保護や陸域や海洋の生態系を保全することが脱炭素に資することが認識されたことによる。もともと生態系は経済活動の基盤であるという「生態系サービス」という考え方があったが,今日ではこれらは全てまとめて「自然資本」であるという考え方が浸透してきたからだ。

 これまで「気候変化」に関する情報開示基準を作ってきた国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)(*11)は,2022年12月,次に注目する課題として「生物多様性,人的資本,人権など」をあげた。ただ,発表が生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)に合わせものであったことから,次のフォーカスは「生物多様性」とされる。同じ時期に機関投資家グループは,企業に自然の喪失と生物多様性の減少に対処するための行動を働きかける「ネーチャー・アクション100」(*12)を設立した。彼らの持つ巨額な運用資産が,2030年に期限が来る地球生物多様性枠組みを補完し,自然保護,生物多様性保全,そして「自然資本」の有効活用を企業に迫ることになる。

 自然や生態系の保全・保護に力を入れる企業に投資するファンドは増え,2022年の新規設立数は11月の時点で既に63と2021年の年間総数の2倍になっている(日本経済新聞,2022年11月26日)。従来からある自然から,水,化学物質や木材など資材を調達する企業にとっては取り組みやすい課題だ。一方,生物多様性保全というように自然資本を守っていくことはすぐになんらかの成果が見えるものではない。しかし近年では,生態系を保全することが地球の持つ機能を強化することにつながり,気候変化の緩和との関連が意識されている。

 生態系に及ぼすプラスチックの影響は徐々に明らかになってきているが,それらを見るとすでに難問が山積している。こうしたことからプラスチックへの対策はますます急がれることになる。これまで欧米各国では,日本に比べて,かなり早いペースで多様な環境問題への対応が進んでいる。しかも問題間の密接性も含め包括的理解に関して,そしてその予防策について矢継ぎ早に提示されてきている。

文責:野村英明

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注)

  1.  我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ(外務省仮和訳):
     https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000101402.pdf (2020/3/2閲覧)
    持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)
    国際連合広報センターホームページを参照。
     https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/ (2020年10月27日閲覧)
    SDGS -危機の時代の羅針盤(南博・稲場雅紀),岩波書店, 220 pp.,2020年.
  2.  自然資本(natural capital): 自然によって形作られている資本のことで,そこから生み出されるフローを「生態系サービス」として捉えることができる。日本で広く受け入れられる言葉としては「自然の恵み」と同じといえる。ただ,日本語の「自然の恵み」はフロー以外のものも含むため,「生態系サービス」を包括したもう少し大きな概念といえる。
     自然資本はそれ自体の価値を正確に価格付けすることは難しい。また,なんらかの改変が行われてもその定量的評価が難しいこともあり,2000年前後までは経済の外側に置かれていた。しかし,その存在がなければ経済活動ができないばかりか,人類の存続をも脅かす「人類の基盤」であることへの理解は急速に進んでいる。自然資本の機能を保護・回復することは,「将来の人類の富を守ることである」という考え方が必要である。
     また,自然資本には,例えば森林のように保全することである程度回復させることができるものと,石炭のように再生ができないものがある。参考として以下を示す。
    国連大学包括的「富」報告書:自然資本・人口資本・人的資本の国際比較(国連大学地球環境変化の人間・社会的側面に関する国際計画・国連環境計画編), 明石書店, 358 pp., 2014年.
  3.  世界の人口統計
    国連Department of Economic and Social Affairs(経済社会局)
     https://population.un.org/wpp/
  4.  小さな地球の大きな世界-プラネタリー・バウンダリーと持続可能な開発(J. ロックストローム・M. クルム), 丸善出版,242 pp., 2018年.
  5.  ISO14001: スイス・ジュネーブに拠点を置くNGOのISO(国際標準化機構:International Organization for Standardization)が定めている国際規格に一つ。14001は,持続可能な開発を目指し環境に配慮した企業の活動において,環境への負荷を最小化するように定めた仕様書。
  6.  責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)
     2006年,当時のコフィー・アナン国連事務総長が世界の金融業界に向けて提示した,投資に関するガイドラインともいえる構想。投資を行う際に,その企業の活動において行なっている環境(E)や社会(S)そして人権などを含めた企業統治(G)への配慮を評価することで意志決定すべきであるとした。責任投資原則の概要は以下から参照。
     https://www.unpri.org/download?ac=10971 (2020年11月16日閲覧)
  7.  ESG(環境Environment, 社会Society, 企業統治Governance)投資
     環境,社会,企業統治を意味するガバナンスの三つの要素を考慮した上での投資。国連環境計画・金融イニシアティブが2006年に「責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)」の中で,持続可能なグローバル金融システムの達成を目指して提唱した。
     企業活動を継続するにあたり,社会的責任を果たすこと自体が,企業としての事業の存続の持続可能性に関わることから,サステナブル投資という場合もある。
     山本雅子(2016): 国内ESG投資の「過去」「現在」「未来」
     https://www.nomuraholdings.com/jp/services/zaikai/journal/pdf/p_201610_01.pdf (2020年11月8日閲覧)
    参考として「環境と持続可能性を考える -5-: 国外の情勢 4 リオ+20「我々の望む未来」からポストMDGsへ」(https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2022/01/5-420mdgs.html)の注5と6を参照。
  8.  環境と持続可能性を考える -1-: 1972年「海洋プラスチック汚染元年」
     https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2020/11/-1-1972.html
  9.  例えば以下の書籍。
     LIMITS 脱成長から生まれる自由(ヨルゴス・カリス),大月書店,220 pp., 2022年.
    参考として「環境と持続性を考える -2-:国外の情勢(1) 「人間環境宣言」と「成長の限界」」
     https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2020/11/--2-1.html
  10.  循環経済(サーキュラーエコノミー)
     循環型経済,円形の経済とも呼ばれる。製品と資源の価値を可能な限り長く維持し,廃棄物の発生を最小化する経済。直線的に,資源を利用し大量生産・大量廃棄という,再利用しない現在の「リニアエコノミー(直線型経済)」と対比される。
     循環型社会
     2000年公布の循環型社会形成促進基本法の第二条に定義がある。それによるとおおよそ「廃棄物を減らし,製品の再使用・再生利用を促進して,どうしても利用できない廃棄物は適切に処分することで,天然資源の消費を減らし,環境への負荷をできる限り低減した社会」のことである。
  11.  国際サステナビリティ基準審議会(ISSB:International Sustainability Standards Board)
     世界の国・地域で広く使用されている国際会計基準(IFRS:International Financial Reporting Standards)の策定を担う民間の非営利の団体「IFRS財団」が,2021年11月設立を発表した「ESG(環境・社会・ガバナンス)に関して企業が非財務情報の開示を行う際に用いる統一された国際基準」を策定する非営利組織。
    経済産業省の関連リンク:
    https://www.meti.go.jp/press/2021/11/20211112003/20211112003.html
    IFRS関連リンク
    https://www.ifrs.org/groups/international-sustainability-standards-board/
  12.  ネーチャー・アクション100
     自然損失と生物多様性減少に立ち向かう機関投資家グループが立ち上げたエンゲージメント・イニシアチブ。自然を保護及び回復する取り組みをするための企業行動を促進することを目的としている。
    ネーチャー・アクション100関連リンク
    https://www.natureaction100.org