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2023.08.13

環境と持続可能性を考える -10-:国外の情勢 (9) プラスチック問題とSDGs

2000年,CrutzenとStoermerは,地球と大気に対する人類の活動が及ぼす,地球スケールでの大きな影響を考慮するならば,現在の地質学的画期に対して"人新世"という用語を与えることで,地質学や生態学において人類が中心的な役割を果たしていることを強調することが適切なように思われるとし,「人新世(Anthropocene)」を提唱した(1)。例えば,堆積物中のプラスチックは人新世の痕跡の一つである(2)。ちなみに人間が作り出した人工物の量は,近年,地球上の全生物の量を超えたとされている(3)。

海での発見が発端になったプラスチック汚染だが(4),今は陸域そして大気,生態系全体さらには生体影響に広がる全地球的環境問題という広がりは見えてきている。しかし,実際にどのくらいの量がどのような場所にどういう過程で拡散しているのか,その実態自体はよくわかっていない。こうしたことが予防的措置として,前述した法的拘束力のあるプラスチック規制につながっている。そこでここでは,SDGsの中でのプラスチック問題に関連したゴールや指標をみていくこととする。


<プラスチック問題とSDGs>

プラスチック問題と関連の高いSDGsのゴールは以下である。

ゴール11「Sustainable cities and communities(持続可能な街と地域社会): Make cities and human settlements inclusive, safe, resilient and sustainable(都市と人間の居住区を一体的に,安全で,回復力があり,持続可能性のあるものにする)」
ターゲットとしては,11.6「2030年までに,大気の質そして都市やその他の廃棄物の管理に特別な注意を払うことを合わせて,都市の1人あたりの環境への悪影響の軽減」としている。このターゲットの達成度合いを測る指標11.6.1は「都市によって発生した一般廃棄物全体のうち,管理された施設で収集および管理された一般廃棄物の割合」である。国連の「SDGs報告2019」では,2010~2018年のデータに基づくと,廃棄物処理施設へのアクセスを欠く人の数は30億人に上る(5)。流域におけるプラスチック管理を考える上で,プラスチックの分別回収や資源化はまず住民と処理システムのスムーズな連結が必要である。。

ゴール12「Responsible consumption and production(責任ある消費と生産): Ensure sustainable consumption and production patterns(持続可能な消費と生産様式の確保)」
ターゲット12.5では,「2030年までに,予防,削減,リサイクル,再利用を通じて廃棄物の発生を大幅に削減する」とし,その達成度合いを測る指標12.5.1:国のリサイクル率,リサイクルされた素材のトン数。すなわち,プラスチックのような廃棄物の削減を明確に謳っている。産業に関わる事業者主体としてみて,生産者責任,使用者責任という点では,漁具などの産業資材もこの中には含まれる。

ゴール14は「Life below Water(水面下の生命):Conserve and sustainably use the oceans, seas and marine resources for sustainable development(持続可能な開発のための,大洋,縁辺海の利用,および海洋資源の保全と持続可能性のある使用)」
日本では「海の豊かさを守ろう」と訳している。「豊かさ=水産」という狭義な捉え方をしがちだが,実際には水産業のような環境依存型の産業を含め,生物多様性や水圏生態系の保全がなければ持続可能な地球海洋の利活用はない(生物多様性や生態系は人間の生命維持や経済活動の基盤である)というのが本意であり,この点を正しく認識する必要がある。ここでいう海洋資源は世界共有の財産としての自然資本と考えるのが妥当。そのため水圏生物や生態系の保全の障害となる場合には漁業の制御も念頭に置いている。例えば,生物生産量を無視した漁獲や特定形態の漁業補助金,廃漁具投棄の規制などがそれにあたる。国際的には特にEUを中心に,今後,漁業者や水産業に関連した漁具使用に関するルール,また,拡大生産者責任が強化される方向にある。

なお,海洋の状況に未解明な点が祟ることは,国際社会では広く認識されている。2021年,UNEPは「海洋の状況を理解する:持続可能な開発⽬標指標14.1.1,14.2.1,14.5.1の測定に関する世界標準⽅法書」を公表した(6)。UNEPと縁辺海プログラム(Regional Seas Programme)は縁辺海の保全や⾏動計画に関してメンバーになっていない国々において調和のとれたアンケートを通じたものも含め,この指標に関する国々から集めたデータを報告している(7)。INC1で提出された「プラスチック科学(Plastic Science)」には,環境中のプラスチックの「モニタリングと報告」に関する項立てがあり,まだあまりよくわかっていないプラスチックの影響を知る上で,モニタリングの重要性を説いている(8)。例えば,ゴール14においては,指標14.1.1bで「海洋のプラスチックごみ密度」がある。

プラスチックは陸上でも土壌中に拡散していることが知られているが,関連すると期待されるゴール15「Life on land(陸上の生命):Protect, restore and promote sustainable use of terrestrial ecosystems, sustainably manage forests, combat desertification, and halt and reverse land degradation and halt biodiversity loss(陸上生態系の保護,回復,持続可能な利用の促進,森林の持続可能な管理,砂漠化との戦い,土地の劣化の阻止と回復,生物多様性の損失の阻止)」
ゴール15は森林保全や土地利用に関するゴールではあるが,その基盤として陸域生態系全体の劣化阻止と生物多様性保全があり,農地などで土壌に供給され続けるマイクロプラスチックは今後,問題となる可能性がある。農地などの耕作地から海へのプラスチックの流出は発生していることはわかっているが(例えば,稲作で田んぼに多量に散布されるカプセル入り肥料のプラスチックカプセル)(9),調査研究はまだ十分に進んでいない。農業用プラスチックに関しては,プラスチック科学(8)の第34項として,「脆弱な生態系の周辺で使用されるため特別な注意が必要。年間で推定1,250万トンのプラスチック製品が植物や動物の生産に使用されている」。また第36項でも一次マイクロプラスチックの重要な発生源の一つとして肥料が挙げられている。

<国連海洋科学の10年,生態系回復の10年>

ゴール14と関連する環境保全に関するルールについては各国間で国連の場で取りまとめられてきた(10)。そしてゴール14を推進するために2021年に始まったのが,「海洋科学の10年」である。2016年,ユネスコの政府間海洋学委員会(UNESCO-IOC)(11)の執行理事会に「海洋科学の10年」のアイデアが提案された。翌2017年6月,フィジーとスウェーデンが議長国となり,国連本部で「私たちの海,私たちの未来:持続可能な開発目標14の達成に向けた連携」をテーマに会議が持たれた。翌月の第72回国連総会によってそのための行動の要請が決議され,同年12月,国連で「海洋科学の10年」が決議された(12)。実施計画策定機関はUNESCO-IOCである。国連が率先して,海洋科学という比較的限られた分野についての促進を方向性として打ち出したということは,いかに現在の海洋に関連する地球規模の問題が厳しい状態であるかを物語っている。

10年間に集中的な取り組みを実施するために7つのテーマが設定されている(13)。「汚染汚濁がない美しい海」「海洋生態系が調査され守られている健全で回復力のある海」「社会の理解が進んで実態が予測可能な海」「人々が海の危険から守られている安全な海」「持続的に食料供給できる海」「データ,情報,技術に誰でも触れられる透明性のある海」「人を元気にする魅力的な海」これらのテーマから明らかなように,持続的な海の利活用は為政者や科学者だけでなく,社会全体が横断的に取り組まないと解決が難しいことを国連は説いている。

「生態系回復の10年」は,生物多様性条約締約国会議第14回(2018年11月開催)からの要請に応え,2019年3月1日の国連総会で決議された(国連環境計画と国連食糧農業機関が主導)(14)。2021年6月の「世界環境の日」から始まった。「生態系回復の10年」は生態系の劣化を食い止めて,生態系を回復することで人自然の営みを質的に向上させ,同時に気候変化に対応し,さらに生物多様性の減衰に歯止めをかけることを目的としている。これらはいずれも,プラスチック問題の対応なしには難しい,関連性の高い世界的取り組みである。

<海洋に関連するSDGsと海洋教育>

SDGsの達成には社会全体で取り組まないと難しい。特に海洋については問題の規模が大きすぎて個人個人の問題として捉えられないので,そもそもの知識が社会に伝わりづらい。さらに海洋の場合,どうしても調査船や高価な観測機器がネックとなり,市民が直接参加すること自体に壁がある。

2007年の海洋基本法制定以後,海洋教育の重要性が認識され,2016年,当時の安倍首相は海の日のメッセージとして,海洋教育の取り組みを強化していくために海洋教育推進組織「日本学びの海プラットフォーム」を立ち上げ,2025年までに全ての市町村で海洋教育が実践されることを目指すと述べていた。しかし,実質的に大きな動きはなかった。

2017年,国連で「国連海洋科学の10年」が実施計画に入り,翌年の2018年5月には第3期海洋基本計画が公表された。この中で「国連海洋科学の10年」に積極的に取り組むことが記された。その際には海洋国日本にとって,海洋関連における人材育成が重要であるとし,海洋教育を実践することの大切さが改めて文科省等から発せられた。

海の知識の裾野を社会に広げるために海洋教育は効果がある。しかしながら海洋教育はこれまでに教科にはないこと,また海といっても分野は広くどこまでの範囲を受け持つのかが明確ではないこと,そしてそもそも海洋教育の実践ができる教員は極めて限られているのが現状である。海洋教育の実施は厳しい状況と言わざるを得ない。

加えて教育の成果は5年10年と取り組んでやっと現れる。目の前に迫った2030年ゴールには届かないというのが実際であろう。ひるがえって,プラスチック問題が海から広がっていったことを考えると,より早く成果を出す方法としては,プラスチック問題は身近で海を知り,さらに水循環など地球を知る教材として,またSDGsのいくつかのゴールのを理解する教材として利用もある。

<「国外の情勢」の終わりに>

ここまで「国外の情勢」では海洋でのプラスチック汚染の始まりから,その間の国際社会の環境意識の変化について見てきた。このことは今日のプラスチック問題を理解する上で必要な基礎知識である。

1990年代以降,環境問題の大きな二つの課題,すなわち生物多様性保全と気候変化に関連し,持続可能性(sustainable)は欧米では政策上あるいは産業上,重要なキーワードとなっている。例えば,英国政府は2021年2月に今後の政策や法規制には生物多様性を念頭に置いたものとしていくことを表明している(15)。近年の経済活動での重要事項として,企業の社会的責任,責任ある投資,そして環境・社会・企業統治(ESG)投資には「持続可能性が担保されているか」という点が重要になってきている。

近年,日本でも国際的な流れに歩調を合わせるようになってきたが,地球環境問題としての廃棄プラスチックの捉え方や,生態系システムとの関係性への理解が官僚組織の中でも政策決定者の中でも十分が進んでいるとはいえない。そのことから生じる取り組みへの遅れにより,国際的な場面において,環境政策,プラスチック施策に関しては欧米主導であることは否めない。このことは一つには日本社会における環境問題の歴史的経緯が反映した結果と考えられる。

文責:野村英明

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注*)

  1. 人新世(Anthropocene): 
    概念
    Crutzen, PJ (2000): Geology of mankind. Nature, 415, 23.
    Crutzen, PJ & EF Stoermer (2000): The "Anthropocene". IGBP Newsletter 4117-18.
    人新世提唱のもとになる様々な人間活動事例
    Steffen, W, J Grinevald, P Crutzen & J McNeill (2011): The Anthropocene: conceptual and historical perspectives. Philosophical Transactions of the Royal Society A, 369, 842-867.
  2. Waters,1CN, J Zalasiewicz, C Summerhayes, AD Barnosky, C Poirier, A Gałuszka, A Cearreta, M Edgeworth, EC Ellis, M Ellis, C Jeandel, R Leinfelder, JR McNeill, DdeB Richter, W Steffen, J Syvitski, D Vidas, M Wagreich, M Williams, A Zhisheng, J Grinevald, E Odada, N Oreskes, AP Wolfe (2016): The Anthropocene is functionally and stratigraphically distinct from the Holocene. Science, 351, 6269.
  3. Elhacham, E, L Ben-Uri, J Grozovski, YM Bar-On & R Milo (2020): Global human-made mass exceeds all living biomass. Nature, 588, 442-444.
  4. 環境と持続性を考える -1-: 1972年「海洋プラスチック汚染元年」
    https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2020/11/-1-1972.html
  5. 国連広報センター「SDGs報告2019概要」
    SDGs報告書は2016,2019,2020,2021年に公表さえている。
    以下は2019年版
    https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/sdgs_report/sdgs_report_2019/ (2021年9月17日閲覧)
  6. 海洋の状況を理解する:持続可能な開発⽬標指標14.1.1, 14.2.1, 14.5.1の測定に関する世界標準⽅法書(Understanding the State of the Ocean: A Global Manual on Measuring SDG 14.1.1, SDG 14.2.1 and SDG 14.5.1)
    https://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/35086(20230116 閲覧)
  7. 地域海計画(Regional Seas Programme): UNEPは現在140カ国以上を対象に,悪化しつつある海洋・沿岸地域の環境問題に取り組んでいる。同計画は13の条約もしくは⾏動計画を通して共有の海洋・⽔資源を保護する。UNEP主導で始まった地域プログラムは⿊海,東アジア,東アフリカ,湾岸海洋環境保護機構(ROPME)海域などの広い海域をカバーいている。
    UNEP: Regional Seas Programme
    https://www.unep.org/explore-topics/oceans-seas/what-we-do/regional-seas-programme (20230116 閲覧)
  8. プラスチック科学(Plastic Science)
    環境と持続可能性を考える -9-:国外の情勢 (8)  国際的に法的拘束力のあるプラスチック規制にむけて(3)の注4を参照
    https://fsi-mp.aori.u-tokyo.ac.jp/2023/07/--9--8-3.html
  9. 浅井雄大・張徳偉・千葉賢(2018): 四日市市楠町吉崎海岸のマイクロプラスチック分布の現地調査. 四日市大学論集, 31, 125-135.
    Katsumia, N, T Kusube, S Nagao & H Okochid (2020): The role of coated fertilizer used in paddy fields as a source of microplastics in the marine environment. Marine Pollution Bulletin, 161, 111727.
  10. 国連広報センターSDG14) 海の豊かさを守ろう
    https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/sustainable_development_goals/oceans/ (2020/10/27閲覧)
  11. ユネスコ-政府間海洋学委員会: United Nations Educational, Scientific and Cultural Organization-Intergovernmental Oceanographic Commissionの略称。海洋科学調査及び研究に関わる唯一の国連機関。
  12. 「我らの海,我らの将来:行動要請(A/RES/71/312)」: 2017年7月14日に国連総会において採択された決議。
    https://www.unic.or.jp/files/a_res_71_312.pdf(2021年7月1日閲覧)
  13. 海洋科学の10年(The Ocean Decade: the science we need for the ocean we want)
    https://oceandecade.org(202360721閲覧)
    海洋科学の10年へのコメント:
    Pendleton, L, K Evans & M Visbeck (2020): We need a global movement to transform ocean science for a better world. PNAS, 117, 9652-9655.
  14. 国連生態系回復の10年
    https://www.decadeonrestoration.org(202360721閲覧)
  15. 英財務省は2021年2月2日,英国ケンブリッジ大学の経済学者パーサ・ダスグプタ名誉教授率いるチームがまとめた生物多様性と経済の関係性を包括的に分析した「ダスグプタ・レビュー」の最終報告書を発表した。2020年4月に中間発表をまとめていた。今後の英国政府及び世界にとっての生物多様性と経済に関する羅針盤となる。
    生物多様性の経済学:ダスグプタレビュー(The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review)
    https://sustainablejapan.jp/2021/02/08/uk-dasgupta-review/58871 (2021.3.29閲覧)